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2014/09/19(金)
高島へ(1)


おとついは滋賀県の高島市へ。
琵琶湖の北西に位置し、市役所のある新旭駅までは
湖西線接続の新快速で大阪駅から1時間15分です。

このあたりは琵琶湖の水がきれいで山も近く
針江では湧水を生活用水として利用するための
池や水路のシステムが巧みにつくられています。
http://mizutakara.shigabunka.net/e600921.html

新旭駅の近くにある辻川通りには、
フナ、コイ、モロコ、ウナギなどの川魚を商う
「西友」というお店があります、
http://www.nishitomo.co.jp/

僕はここで鮒鮨を買って生まれて初めて食べました。


2014/09/17(水)
イストワール第5話「芽吹きの雨」


ウイリアム・メレル・ヴォーリズ(1880-1964)。
建築家・伝道家・実業家・教育者として
近江八幡を拠点に活動した方です。

今年は氏の没後50年にあたり、この10月には、
「ヴォーリズ・メモリアル in 近江八幡」と題して、
さまざまな催しが開催されます。
http://vories.heteml.jp/

この企画に参加させていただく形で、大阪ガスでは10月に、
イストワール第5話「芽吹きの雨」を、近江八幡と大阪で上演いたします。
脚本・演出は、「虚空旅団」 作・演出・代表の高橋恵さん、
出演は飛鳥井かゞりさん、得田晃子さんのお二人です。
http://blog.livedoor.jp/histoire2011/

イストワール第5話「芽吹きの雨」
 〜幼い子らの幸せを願い、愛を伝えたヴォーリズ夫妻のライフワーク〜

 明治、大正、昭和を生きたクリスチャンであり、建築家・伝道家・「近江兄弟社」の創立者・経営者、教育者としての足跡を日本に残したメレル・ヴォーリズ。彼を支えたのは、子爵家に生まれた妻・一柳満喜子でした。
 『芽吹きの雨』は、華族の身分を捨ててヴォーリズと共に生き、封建社会の既成概念と闘い、日々の生活の中に神の愛があると伝え続けた満喜子の、我が国初の幼児教育をめぐる憂いと喜びを描いた物語です。

脚 本:高橋恵(「虚空旅団」 作・演出・代表 第20回OMS戯曲賞最終選考候補作家)
出 演:飛鳥井かゞり 得田晃子 
原 作:Grace N Fletcher 「The Bridge of Love」
    平松隆円監訳「メレル・ヴォーリズと一柳満喜子 愛が架ける橋」

<大阪公演>
 上演日時:2014年10月24日(金)16:00〜/19:00〜  
 入場料: 1500円
 会 場: 大阪ガス螢┘優襯ー・文化研究所 都市魅力研究室
   大阪市北区大深町3-1 グランフロント大阪北館 タワーC713号
 チケット予約 righteye  
   TEL : 06-6647-8243  WEB : http://righteye.jp/
 
 主催・お問い合わせ:大阪ガス(株)エネルギー・文化研究所 都市魅力研究室
   Tel 06-6205-2366  Fax 06-6372-8228   http://www.toshimiryoku.jp/

<近江八幡公演>
 上演日時:2014年10月26日(日)16:00〜、27日(月)14:00〜 
 会 場:日本基督教団近江八幡教会
   滋賀県近江八幡市為心町中1 TEL 0748-32-2480
 入場料: 「ヴォーリズ・メモリアルin近江八幡」パスポート 
   一般1500円 大学生当日1200円
   大学生前売1000円 市民協力券500円 高校生以下無料
 主 催・お問い合わせ: ヴォーリズ没後50年記念事業実行委員会
 Tel 050-5542-8600 公式HP www.vories.jp 
 協 力:大阪ガス蝓

とりいそぎ、第一報として。


2014/09/15(月)
戸ノ内イストワール(3)


阪神・淡路大震災で神崎新地がなくなった後、
戸ノ内には、中小・零細工場や事務所が集まりました。
大阪や豊中では騒音の問題があるために
ここに移ってきた、という話も聞きます。

工場街に変わり、いくらか環境が改善した戸ノ内。
ですが近年は、住民の高齢化が進んできています。
そして飲食店の数は、現在12店ほどのようです。

かつては浜東に「中野センター」という市場があり、
かなりの売り上げを誇っていたそうですが今はなく、
戸ノ内で車を使えない人たちは難民化しています。
そんな状況を受けてか、現在モスリン橋交番の横に
コンビニが建設されています。

さて、前置きが長くなりましたが、
そんな戸ノ内で13日、道じゅねが行われました。

エイサーの衣装を着て太鼓を抱えた
琉鼓会の若者40名ほどが、 太鼓を叩き、
エイサーを踊りながら大通りをねり歩きました。

戸ノ内の夜は普段、ほとんど人通りがありませんが、
この日はご老人から子どもたちまで通りに出てきて
大いに賑わっていました。
僕はすっかり馴染みになった「より道」で
戸ノ内の一年で一番熱い日を楽しんでいました。

「たぶん、今聞いておかないと、聞けなくなる話」

そんな戸ノ内のイストワールを探して、
僕はこれからも、モスリン橋を渡ります。


2014/09/15(月)
戸ノ内イストワール(2)


戸ノ内には、大正12年に毛斯綸(モスリン)という
羊毛を平織りにした織物をつくる工場がつくられました。
そして神崎川対岸の加島へ通ずるモスリン大橋を建設し、
村に寄付しています。しかし工場は昭和不況の影響で倒産。
跡地に作られた工場では航空機用エンジンが作られましたが、
昭和20年3月の空襲で焼失しました。

戦後、戸ノ内には、焦土と化しアメリカの占領を受けた
沖縄から、多くの人たちが渡ってきました。

一方、昭和29年に、この跡地に、
尼崎の駅前にあった遊郭が移転してきました。
界隈は神崎新地と呼ばれるようになり、
店が70軒、400人近くの女性がここで働いたそうです。
そして遊郭の移転とともに、
戸ノ内は暴力団の温床の地となりました。

戸ノ内に入るには、神崎川か猪名川にかかる
3、4本の橋のいずれかを渡らなければいけません。
売られて、騙されて新地にやってきた女性にとっては
逃げることの難しい場所であり、客にとっては、
タクシーか白タクでないと行けない場所でした。
そして橋で逃亡者を見張るのも、白タクを取り仕切るのも、
アウトローたちの役割となっていました。

町には人が増え、特飲街として栄えましたが、
環境は悪化し、また外界からは差別されるようになりました。
戸ノ内の沖縄の人たちから、こんな話を聞きました。

 冬になると、店の前にドラム缶を置いて火を炊いていた。
 タクシーが来ると、その前に遣り手婆が出て車を止めた。
 そのため、タクシーはここに行きたがらなかった。

 山一戦争の時にはドンパチがあり、組の若い子が亡くなった。

 小学校に行って、お弁当に豚肉が入っているのを見られ、
 からかわれたのが辛く、沖縄であることを隠すようになった。
 30歳頃になって、沖縄の舞踊を素晴らしいと思い、
 そこから沖縄の文化を誇りに持つようになった。

写真は、かつての遊郭跡の建物。
昭和31年の売春防止法成立後も営業は続けられ、
完全に消滅したのは、平成7年の大震災の時のことです。




2014/09/15(月)
戸ノ内イストワール(1)


尼ヶ崎の戸ノ内は、神崎川と猪名川が
合流したところにできた三角州です。
ここに沖縄出身者が住むようになったのは、
昭和5,6年頃のようです。

大阪の西成で米屋をしていた、本部出身の具志堅興保は、
養鶏をするための場所を探して、戸ノ内の河川敷を見つけました。
まだちゃんとした堤防もなく、広々とした川原。
具志堅氏がその一角に掘立て小屋を建て、
養鶏を始めると、同じ本部出身者がやってきて
小さな集落をそこに作りました。

また、西淀川区・福崎で「素灰焼(練炭の材料)」や
「から消し(火種用の消し炭)」を作っていた、
中頭出身の喜納、崎本部出身の仲地文永、山川宗助、
金城吉三郎らは、周辺住民の苦情を受けて、
戸ノ内の三角州の先端に移り住みました。
これらの先輩を頼って、崎本部出身の人たちが
移り住んでくるようになりました。

こうして戸ノ内には、沖縄出身者の集落が生まれました。
やがて養豚をはじめる人が出てきたり、
会社員や商業に進出する人も出てきて多様化したようです。

から消しを作る人たちは、廃材や流木を集めて回ったり、
火事場の跡を訪ねて一軒いくらで買い取ったりして、
商売を続けていったそうです。


戦前には、戸ノ内でこんな歌が歌われていたそうです。

一、ここは戸ノ内神崎川の岸辺 誰が振るやらハンマの響き
  行こや俺等も遅れちゃならぬ 時計見てみりゃ朝の五時
二、うちの主さん働く時は 炭か人かと見分けがつかぬ
  だけど一風呂流してあげりゃ 三国一の色男

*「ここに榕樹あり 沖縄県人会兵庫県本部35年史」より

写真はモスリン橋北詰から西を臨んだ風景。
手前は神崎川、右に伸びているのが猪名川。
昔の堤防は、右の集合住宅のさらに北側にあり、
一体は河川敷で、そこに集落ができたのだそうです。








2014/09/12(金)
道じゅねー


尼ヶ崎の戸ノ内で、毎年旧盆に行われる「道じゅねー」。

祖先霊があの世に戻れることを祈願して
若者たちが太鼓を叩きながらエイサーを踊り、
地域の家や事業所をねり歩きます。

今年の開催は、あす9/13(土)。
夜7時頃に沖縄県人会の園田支部を出ます。
http://bonin.ti-da.net/e3274984.html

僕はこの日、「より道」で飲みながら
エイサー隊を眺めている予定です。

興味ありましたら、どうぞ。


2014/09/08(火)
人をつなげる場所づくり
「common cafe」の本を出版いただいた西日本出版社さんが、
北浜の古本屋「FOLK old book store」で
「zakka&sakkaフェス」を開催されます。
http://www.jimotonohon.com/zakka_sakka/zakka_sakka.html

僕は21(日)の夜7時からのトークショー
「人をつなげる場所づくり」で、
2畳大学・コワーキングスペース往来の梅山晃佑さん、
Folk oldbook storeの吉村祥さんとお話します。

本を出していただいてから、はや7年。
「場をつくる」ことについての僕の考え方の根本は
この本にすでに書いているのですが、
経験値はその後だいぶ増えています。
当日は、その、増えた部分のお話をしようと思います。


2014/09/05(土)
鴻池新田でのハッケン


8/27(水)のWalkin’About@鴻池新田には、
10名の方にご参加いただきました。

宝永元年(1704)の大和川付け替え工事により
河川・湖沼から陸地となり、豪商・鴻池家が
新田として開発した “鴻池新田”。
江戸時代には、主に木綿の作付けが行われ、
明治40年代に木綿が外国産に押されて凋落し、
その後水田や畑として残り、
昭和30年代から住宅地化したようです。

参加者のみなさんのハッケンは、

・地域の人たちは「鴻池」という名前に誇りを感じている
・新田会所跡は立派な歴史資源。鴻池家のストーリーも面白い
・駅近くには、この10年ほど、どんどん住宅が増えている
・イオンと並んでいくつもスーパーが成立している
・一方、昔からのお店が、昔のままの姿で残っている
・ソフトボールが盛んな土地柄らしい

などでした。

写真は鴻池グラナリーコート。
会所跡の敷地内に建っています。
会所跡が国の史跡指定を受けた時に
交換条件として、1976年に鴻池家が開発したSCです。
建物に中には鴻池合資会社があり、鴻池家の文書群は
その中に保存されているそうです。
http://www.konoike-co.net/company.html

*今後のWalkin'Aboutの予定は、以下のとおりです。

 @三国(大阪市淀川区)9/18(木)18:30〜
 @新開地(神戸市兵庫区)9/20(土)14:00〜 
 @四条畷(大東市)10/2(木)18:30〜
 @尾崎(阪南市)10/18(土)14:00〜
 @船坂(西宮市)11/8(土)14:00〜


2014/09/03(水)
Walkin'About@新開地


9/20(土)には、Walkin'About@新開地を開催いたします。新開地は、リハも含めると、3度目です。
このまちに興味ある方は、ぜひご参加ください!

自分が行きたい場所を訪ねるまちあるき「Walkin’About @新開地」

 戦前には映画館・飲食店を中心とした神戸一の繁華街・オフィス街であり、「東の浅草、西の新開地」とも言われた“新開地”。戦後にはまちの中心が三宮に移り、また地域を支えた造船・港湾産業が衰退したことで寂れましたが、震災以降に取り組んできたまちづくり活動により、近年その魅力を取り戻しつつあります。今回は、このまちを自由に歩いていただきます。

 “Walkin’About”は、ご参加のみなさんに、思い思いのコースをたどっていただく“まちあるき”です。参加者の方々は、集合場所でエリアについての説明を受けたあと、解散。
約90分後に再び集合、その後それぞれの見聞や体験を発表していただき、シェアします。

日程:9/20(土)14:00  場所:KAVC1F・1room
料金:無料 ※要予約  定員:10名
問合せ:078-512-5500(KAVC)、tiiki★kavc.or.jp(★を@に変えて送信)【自主】 
*E-mailでのお申し込みは、イベント名、氏名。お電話番号を明記の上、ご連絡ください


2014/09/01(火)
韓国からのお客さん


写真は韓国女性建築家協会の
朴恵鮮(パクへーソン)さん(中央)たちが
8月末にコモンカフェに見学に来られた時の写真です。

朴さんは韓国で、高齢者の居場所やコミュニティカフェに
ついて、研究されているのだそうです。
韓国では3、4年ほど前からカフェブームで、
コミュニティカフェもでき始めているそうです。

この日はコモンカフェにお越しいただいた後、
中崎町をご案内し、AManToに場所を移して、
日本のコミュニティカフェ事情をお話しました。
韓国よりも少し早く起こった日本での動きは
きっと参考になるのではと思います。


2014/08/29(土)
Walkin’About @三国


さて、次回のWalkin’Aboutでは、淀川区三国に行きます。
この街は老朽木造住宅の密集地として知られ、
大阪市による土地区画整理事業が進められています。
http://www.city.osaka.lg.jp/toshiseibi/page/0000022487.html

風景が大きく変わってしまう前に、まちをよく見ておく。
そんな思いから立ち上がった、メンバー発案の企画です。

自分が行きたい場所を訪ねるまちあるき
「Walkin’About @三国(大阪市淀川区)」
 開催日:2014年9月18日(木)参加無料
 集合時間・場所:18:30 @阪急宝塚線・三国駅改札 
 
 淀川区北部、神崎川沿いに位置する三国には、アパート・一戸建て・長屋などの低層木造住宅が密集する住宅地、工業地、商業施設やオフィスビル・ホテル・マンションなどが集まるエリアが混在しています。

 特に老朽木造住宅が密集するエリアでは、防災性向上等の観点からも整備が必要となっており、大阪市による土地区画整理事業が実施されつつあります。今回は、変わりつつある町・三国を歩きます。

 “Walkin’About”は、参加いただくみなさんに、思い思いのコースをたどっていただく“まちあるき”です。参加者の方々は、集合場所でエリアについての説明を受けたあと、解散。約90分後に再び集合いただき、それぞれの見聞や体験を発表いただき、シェアします。

【主催・お問い合わせ】
 大阪ガス螢┘優襯ー・文化研究所 都市魅力研究室 担当:山納 
 Tel 06-6205-2366 http://www.toshimiryoku.jp


2014/08/28(金)
東洋町と守口市(3)


東洋町には、「野根まんぢう」の他に、
「こけら寿司」という伝統料理があります。

柚子酢、鯖を合わせて作った酢飯の上に、人参、錦糸卵、
椎茸、人参の葉などをカラフルに彩った押し寿司で、
祝い事には必ず出されるご馳走だったそうです。

この「こけら寿司」を継承し、ネット通販や
朝市で販売している方々が、野根におられます。
「野根キッチン」さんというそうです。
http://sea.ap.teacup.com/8013/

以前は11月に守口市で開催される守口市民まつりに、
こけら寿司を出品されていたようですが、ブログを見るに、
守口市の通達により、それが出来なくなったようです。

こけら寿司が買えるお店が、守口にもあるといいですね。
そして守口市と東洋町の逸話を、東洋町の未来のために
活かすことができればと思います(了)。




2014/08/28(金)
東洋町と守口市(2)


東洋町川口は、海岸から野根川に沿って
かなり山の方に入った所にありました。
山すそに何十軒かが集まった、小さな集落です。
御殿というよりは、昔ながらの工法で、
綺麗に建っている家が多いという印象でした。

集落には遊漁券を扱っている家が一軒。
今営業しているお店はありませんでした。
農作業から帰ってきたおばあさんがいたので、
声をかけてみました。

 たしかに、村から大阪に出たもんは多い。
 みんな出て行ったで、そこの小学校も早うにつぶれた。
 息子が通った頃には、奈留川、大斗、川口、真砂瀬の
 4集落から、100人は来とったが。
 
 うちの息子も中学を出てから、大阪に行ったきり。
 もう60歳になるが、こっちには帰って来ん。
  
 こっちには、仕事がない。
 郵便局か、役場か、保険か、銀行ぐらい。
 仕事がないけん、帰って来られん。
 建売の仕事をして、帰って来たもんもおったが
 もうみんな亡うなった。

 この辺りは今、空き家ばっかり。
 あそこも、あそこも住んどらん。
 一人で住んどったばあさんが亡うなって。
 ただ、借りれんよ。お盆には帰ってくるけん。
 お盆と、お祭りの時は、賑やかさ。
 ただ普段はおらん。ここらにおるんは70代、80代。
 うちももう83。今、村で話をするのは4人、5人。

 みんな農作業もままならん。あそこに土佐柑ゆうんが
 植わっとるが、下の草を抜くことも、実を取ることも、でけん。

 林業は、植えた木が50年経たんと、売りもんにならん。
 ずいぶん倒れとったろ。こないだの台風で倒れた。
 あれも買い手がつかんそうじゃ。

写真手前の広場は、川口小中学校跡。
昭和54年に廃校になっています。

守口・門真の建売住宅への木材供給から、
住宅建設、経営という形で、都市の経済に
ダイレクトに結びついたこの村では、
一時的な繁栄のあと、一足飛びに過疎化が進んだ。

それが真実のようです。


2014/08/27(木)
東洋町と守口市(1)


高知県東洋町・野根。
徳島県との県境にあり、太平洋に面する海と山の町です。
かつては良材を産する林業の町として有名でしたが、
現在はポンカンとサーフィンで知られています。

国道55号線沿いにあった「野根まんじゅう」のお店で、
奥さんに、東洋町と大阪との繋がりについて聞いてみました。

 そういえば、3歳の頃、門真市に住んどったわ。
 おじいさんが製材所で働いとって、
 材木が積んであった所にいたのを覚えとるわ。
 この辺りの人、特に川口の集落の人らは
 建売住宅で儲かっとったらしい。

東洋町の林業は高度成長期、関西方面の建売住宅の
需要に乗り、活況を呈しました。
やがて材木を送り出すだけでなく、
住宅の建設に乗り出し、守口市・門真市に
働きに出るようになりました。

高度成長期を迎えるまでの守口・門真は低湿地帯で、
レンコン畑が多く、住宅の適地ではありませんでした。
また当時、建売の建設業、つまりは文化住宅の建設は
一般の大工からは一段下の仕事とみなされていて
京阪神の工務店は手を出さなかったそうです。

そんな中、高度成長期に大阪近郊の人口は急増し、
公営住宅の供給が追いつかない中で、
多数の東洋町出身者が建売業者となり、
大阪のベッドタウン形成に寄与しました。

そのことを証明するかのように、
京阪守口市駅前には、四国銀行があります。
そして守口市は、東洋町と友好都市提携を結んでいます。

建売住宅の建設・経営で財をなした人たちが
地元・東洋町に立派な御殿を建てている。
そんな話を聞き、今回確かめに行ってみました(つづく)。



2014/08/26(水)
祖谷へ(4)


僕らが学校で習う日本史では、安徳天皇は、
壇ノ浦の戦いに敗れ、海に身を投げています。
しかしながら、祖谷に伝わる物語では、
屋島の戦いで敗れた平国盛は幼い安徳天皇を守り、
山深い祖谷の地に辿り着き、平氏再興の望みをつないだ、
と伝えられています。
http://nishi-awa.jp/heike/html/story/

それが史実かどうかというよりも、祖谷に暮らす人々が、
800年もの間、苦労多い深山での人生の中で、
この物語とともに生きてきたということが
とても大事なことのように思えます。

祖谷には、そばの他に、鮎やあめごの塩焼きと、
でこまわしという、こんにゃくと豆腐とじゃがいもに
味噌をつけて炭火焼にした名物があります。
いずれも、祖谷でどうにか自給できる郷土食です。

「夏のそばは犬も喰わん」

という物の言いがあると、
長岡家住宅を守るおばあさんが言っていましたが、
今や祖谷そばは夏でも美味しく頂けます。

そしてそばだけでなく、地元ではそれしか
食べるものがなかった、そんな郷土食が
観光客にとっての魅力になっています。

また大歩危駅前にある「歩危マート」では、
地元にしかない食材が並び、地元の人たちだけでなく、
観光客でも賑わっています。

地産地消というと軽く聞こえますが、
自分たちの地域の歴史と文化を誇りに思い
そこで暮らし続けることを選択した人たちの
生活を支える戦略というものがここにはあるのだと
実感する旅になりました(了)。



2014/08/26(火)
祖谷へ(3)


奥祖谷の落合集落の入り口のところに
長岡家住宅と呼ばれる古民家がありました。
上がってもよさそうだったので上がると、
近所にお住まいのおばあちゃんが来られました。

 この家は村の庄屋さんの家みたいで、
 囲炉裏が2つある。村の家はだいたい1つやった。
 ここを朝に開けに来て、夕方に閉めるのが私の仕事。
 茅葺き屋根は、東北の人に来てもらって葺いてもらった。
 昔は村で総出で、交替でみんなの家を葺いていたけど。

 昔はうちでも、ソバを植えていたけんど、
 人を雇わんといかんけん、儲けが出んようになってやめた。
 今は大根や白菜やと、一人でできるものを植えとる。
 手伝ってもらうにも、その人らが70代、80代になって動かれん。
 若い人はデイサービスや、訪問介護や、豆腐屋で働いとる。

集落の中には、古民家を使った宿泊施設が7軒営まれています。
アレックス・カーさんと三好市が協力して再生させたものだそうです。
http://tougenkyo-iya.jp/stay/index.html

写真はいちばん上にある「古民家 浮生」から見下ろした風景です。

これらの宿では、自分で食事を作るか、
地元のお母さんと作るか、地元のご家庭で一緒に食べるか、
地元飲食店からケータリングしてもらうかが選べるそうです。

落合では、このように、地域の資源を活かしながら
地元の人たちに仕事をつくる試みが、進められているようです。


2014/08/25(月)
祖谷へ(2)


今回泊まったのは、かずら橋から徒歩10分ほどの民宿で、
祖谷川をはさんだ向こう側は、こんな風景でした。
そして民宿のおばあちゃんから、こんな話を聞きました。

 向こうの山の杉林のところはもともと畑で、
 麦を植え、その収穫と重ねるように葉タバコを植え、
 その収穫が終わるとソバを植えとった。
 秋になると、一面にソバの白い花が咲いとった。

 それだけしても、食うていくのは大変じゃった。

 畑が杉に変わったのは、40〜50年前のこと。
 それからは男の人たちは出稼ぎに出て、
 お盆に帰ってきて下草刈りをやっとった。
 それをしないとかずらが巻きついて杉が育たない。
 杉はようやく育ってきたけんど、植えた人たちは
 もう80代、90代になってしもうとる。

 
 うちの娘は看護師で、ここから阿波池田まで車で通うとる。
 孫は高校生で、バイクで大歩危駅まで行き、
 そこから電車で池田高校まで通うとる。
 買い物は、日用品は近くでも揃うけんど、
 足りないもんは、やはり車で阿波池田やね。

 私はもっと奥の、剣山の方の生まれやけん、慣れとるけ。


2014/08/25(月)
祖谷へ(1)


5年前に、人形浄瑠璃の取材で徳島に行った特に、
徳島の夜の飲み屋街を徘徊していて、路地の奥に
「祖谷そば」という看板を見つけて入ったことがあります。

祖谷(いや)は、屋島の合戦に破れた平家の落人が
住んだという山間地で、祖谷川の断崖によって隔絶され
明治時代までは他の人里との交流をほとんど持たずに
続いてきた集落です。
今では大歩危・小歩危や祖谷温泉などとして
観光スポット化されています。

おかみさんの先代は祖谷の出身で
おかみさん自身は、眉山のふもとで育ったそうです。
「祖谷はそばも名産なんですか?」と尋ねると
「祖谷はそばが名産なんです」と。

おかみさんは、基本的には無愛想で
聞かれたことには答えるといった感じでしたが
答え終わった後には独り、ニコッとした顔をされました。

祖谷そばは、普通のそばに比べて太く短く
それは「つなぎ」が入っていないからなのだそう。
そばを頂いてからは彼女も徐々に心を開いてくれました。

 眉山は子どもの頃の遊び場だった。
 今は登らない。目の前にあるけど登らない。
 でもどこかに出かけて徳島に戻ってきたとき
 眉山が見えるとホッとする。


そしてこの土日に、祖谷に行ってきました。


2014/08/22(土)
本を紹介するサロン


本を紹介し合うイベントが、だいぶ流行ってますね。
2年ほど前はバトル形式のものをよく聞きましたが、
最近は本を通じて人と出会う、といった方向に見えます。

僕らが2009年に「博覧強記の夕べ」を始めた時に
志向していたのは“サロン”でした。

複数の人が集まってしゃべる場に何かを持ち込んで、
そこでセッションを起こすのは一種の芸であって
そのためには“博覧強記”になるのが早い、と。

つまりは、そこで起こるセッションを期待して、
本を紹介する会を続けているのです。

5年半やっていると、参加メンバーの蓄積が増え、
経験値も上がり、かなり上質のサロンになっています。
“都市魅力”をテーマに今年から始めた「ホン会議」も、
そんな流れを受けて続いています。

8/13(水)の「ホン会議」は、参加者6名。
左写真の本が紹介されました。
次回は10月で、日は未定です。

8/21(木)の「博覧強記の夕べ」(右写真)は、参加者14名。
紹介された本は以下の通り。次回は9/22(月)です。

 小冊子「船と港」
 岩村暢子「日本人には二種類いる」「家族の勝手でしょ」「変わる家族、変わる食卓」
 水谷孝信「本土決戦と滋賀」
 滝沢聖峰「本土防空戦闘機隊」
 「GODZILLA」映画パンフレット
 高野秀行「怪獣記」
 前川知大原作・片岡人生漫画「リヴィングストン」
 「ANDREAS GURSKY」「HIROSHI SUGIMOTO」写真集
 「栄光のオーシャンライナー」
 川又一英「ヒゲのウヰスキー誕生す」
 細馬宏道「うたのしくみ」
 小池真理子「怪談」
 ラズヴェル細木「う」
 今柊二「プラモデル進化論」
 フリーペーパー「OMS CLUB」


2014/08/21(木)
9/25(木)陣内秀信『東京の空間人類学』を読む


現在の東京の町は、江戸、明治、大正後期から昭和初期という、歴史的に形成された三つの層の上に成立している。それらが現代東京を深層において方向づけ、あるいはあちこちで表に顔をのぞかせて、欧米都市とは異なる独特の容貌を生んでいる。

次回の読書会では、この本を読み解いていきます。

陣内秀信『東京の空間人類学』を読む ナビゲーター:山納洋
9/25(木)19:00−21:00 @大阪ガス(株)エネルギー・文化研究所 都市魅力研究室 参加無料
http://www.toshimiryoku.jp/access.html

★陣内秀信『東京の空間人類学』 ちくま学芸文庫
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480080257/



2014/08/20(水)
Walkin’About@川西能勢口、終了!


8/11(月)のWalkin’About@川西能勢口には、
川西市役所、能勢電鉄の方々も含めて
14名の方にご参加いただきました。

交通や買い物という視点から、古い街並みや歴史の痕跡から、
神社・仏閣やお地蔵さんから、自然環境や水の流れから、
スーパーや百貨店の品揃えから、居酒屋での会話から、
地域の魅力や、暮らし向きや、課題を見つけ出していく。

“90分間自由にまちを歩き回り、まちの魅力や真実に出会う”
Walkin’Aboutの趣旨をよく理解され、いぶし銀のような
まち歩きをされる方が増えてきて、面白くなってきました。

再集合後は、絹延橋にある沖縄料理屋「ちゅらかーぎ」。
宴会気分になりがちな中、写真を送っていただいたり、
発表いただいたりは、なかなか大変でした・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

川西能勢口駅東口の南側には、古くからの呑み屋街が残された一角がある。その中の「火の国」へ。カウンターのみ7席の小さな呑み屋。

ママは熊本出身。以前は愛宕原のゴルフ場でキャディーをされていた。駅東のチロリン村で居酒屋を始め、1994年9月にここに移った。程なく大震災が起き大変だった。店の東側にあった商店街と市場は潰れてガレキの山になった。そこは今、道路になっている。

廻りは戦後にバラックで始めて続いてきたお店。営業しているところは、もうほとんどなくない。

昔ながらの情緒あるお店で、料理にママのこだわりが見える。黒糖焼酎に丹波の黒豆を漬け込んで作った黒豆焼酎は香ばしくもストロングな味わいだ。


2014/08/19(水)
「民俗学の旅」宮本常一著


宮本常一氏は、山口県周防大島に生まれ、渋沢敬三に見込まれて民俗学の道に入り、生涯にわたって全国をくまなく歩き続け、膨大な記録を残しました。「民俗学の旅」には、宮本氏の生き方に影響を与えた祖父母や父母の教え、郵便局員時代・小学校教員時代の経験、柳田国男、渋沢敬三との関わりから、その後進んだ道について、とても分かりやすい語り口で書かれています。

宮本氏が15歳で大阪に出るときに、父が言った言葉があります。宮本氏はこの言葉に導かれるように、その後の人生を歩んでいきました。以下の抜粋は、まちを歩くときにとても参考になります。


(1)汽車へ乗ったら窓から外をよく見よ、田や畑に何が植えられているか、育ちがよいかわるいか、村の家が大きいか小さいか、瓦屋根か草葺きか、そういうこともよく見ることだ。駅へついたら人の乗りおりに注意せよ、そしてどういう服装をしているかに気をつけよ。また、駅の荷置場にどういう荷がおかれているかをよく見よ。そういうことでその土地が富んでいるか貧しいか、よく働くところかそうでないところかよくわかる。

(2)村でも町でも新しくたずねていったところはかならず高いところへ上ってみよ。そして方向を知り、目立つものを見よ。峠の上で村を見おろすようなことがあったら、お宮の森やお寺や目につくものをまず見、家のあり方や田畑のあり方を見、周囲の山々を見ておけ、そして山の上で目をひいたものがあったら、そこへはかならずいって見ることだ。

(3)金があったら、その土地の名物や料理はたべておくのがよい。その土地の暮らしの高さがわかるものだ。(P36-37)。



2014/08/14(木)
Walkin’About@鴻池新田


8/11(月)のWalkin’About@川西能勢口には、
14名の方にご参加いただきました。報告は、また追って。

8/27(水)には、鴻池新田を歩きます。

Walkin’About@鴻池新田
8月27日(水)  
集合時間・場所:18:30pm @JR学研都市線・鴻池新田駅改札
参加無料 

お問合せ:大阪ガス(株)エネルギー・文化研究所 都市魅力研究室 06-6205-2366

 宝永元年(1704)の大和川付け替え工事により河川・湖沼から陸地となり、豪商・鴻池家が新田として開発した “鴻池新田”。もともと低湿地だったため米作には向かず、主に木綿の作付けが行われてきました。
 明治以降に外国産の綿花が輸入されるようになってからは大阪への野菜供給地となり、昭和後期以降の宅地開発によって住宅地へと変貌していきました。今回は、このまちの現在を探っていきます。

 Walkin’Aboutは参加者のみなさんに、思い思いのコースをたどっていただく“まちあるき”です。
 参加者の方々は、集合場所でエリアについての説明を受けたあと、解散。約90分後に再び集合いただき、それぞれの見聞や体験を発表いただき、シェアします。


2014/08/10(月)
秋茄子公演、終了!


9(土)の『秋茄子のススメ』大阪公演は、
台風11号が四国に近づきつつある中、
昼・夜公演とも無事に開催することができました。

ラジオドラマでは、お客さんがどう聴いておられるかが、
分からなかったのですが、今回の朗読公演では
アンケートの枚数も評価もとても高く
改めて胸を撫で下ろしているところです。

一方で、プロデューサー兼制作として動くときには
大局を見つつ、現場の隅々に意識を張り巡らすという
頭の切り替えをしっかりしないといけない
ということを再認識しました。

イストワール第4話『秋茄子のススメ』のプロジェクトは、
ここでいったん終了いたします。また作品を通じて、
新たな出会いがありますことを、期待しています。
ちなみにラジオドラマ版は、こちらから聴けます。
http://www.mbs1179.com/akinasu/

今日は台風11号のため予定が飛び、
一日寝て過ごしました。疲れが溜まっていたようで。


ひとつ予告を。
イストワール第5話では、建築家・事業家・キリスト教伝道者として
近江八幡を拠点に活動したウィリアム・メレル・ヴォーリズ氏と、
その妻・一柳満喜子氏のドラマをお届けいたします。

今年はヴォーリズ召天50年に当たり、10月に近江八幡で、
「ヴォーリズ・メモリアルin 近江八幡」が開催されますが、
同作品はその企画の一環として、近江八幡で、
また大阪で上演の予定です。

詳しくは、また追って。


2014/08/09(日)
語り継がれるドラマ


7(木)の『秋茄子のススメ』和歌山公演では、
おかげさまで高い評価を得ることができました。
劇中劇の『華岡青洲の妻』に出てくる紀州弁が
地元の方々にどう聞こえるのか不安はありましたが、
予想以上に温かい反応をいただきました。

終演後、和歌山・紀ノ川市で十数年にわたって
『華岡青洲の妻』を上演し続けている
「劇団華岡青洲」の方々ともお話することができました。
http://www.wacaf.or.jp/search/group/3-5-001.php

地元にゆかりある物語を、地元の方々が語り演じ続ける
というスタイルはいいなと思います。 
『秋茄子のススメ』も、そんな風に
語り継いでいただければと思っています。

そして今日は大阪公演。16時〜/19時〜。
台風11号が近づいていますが、予定通り行います。
大阪駅から会場の都市魅力研究室(グランフロント大阪タワーC7階)へは
ほぼ雨に濡れずにお越しいただけます。
よろしければ、お越しください。
http://blog.livedoor.jp/histoire2011/

*写真は『秋茄子のススメ』劇中劇の『華岡青洲の妻』で、
 女の子を出産した加恵に、姑の於継が
 「この次は男の子を産んでいただかして」と言うシーンです。


2014/08/06(木)
秋茄子あす初日


「秋茄子のススメ」の稽古が始まって1週間、
明日は和歌山公演初日を迎えます。
いい感じに仕上がってきています。
http://blog.livedoor.jp/histoire2011/

和歌山では新聞やテレビでかなり紹介いただけました。
http://news.goo.ne.jp/article/mainichi_region/region/mainichi_region-20140805ddlk30040485000c.html

南海難波駅から和歌山市駅までサザンで1時間、
そこから徒歩5分で会場の和歌山市民会館に着きます。
片道920円かかりますが、和歌山公演は入場無料です。
開演は午後6時半〜。お時間ありましたら、ぜひ!


2014/08/01(土)
秋茄子始動!


今日は昼に和歌山市へ。
和歌山市出身の作家、有吉佐和子さんの
没後30年を記念したパネルディスカッションを
聴きに行ってきました。
http://www.tv-wakayama.co.jp/news/detail.php?id=30875

パネリストの宮内淳子さん(近代文学研究者)は、

「有吉さんの作品には、多くの人に受け入れられる
 メインストーリーの中に、男社会をチクッと刺す要素がある。
 『華岡青洲の妻』でも、嫁・姑の確執を描く中に
 女同士の戦いを演出している男・青洲という描き方をしている。」

とおっしゃっていました。

「空晴」の岡部尚子さんが書いた『秋茄子のススメ』は
まさにその部分を描いた作品になっています。

そして今夜は、役者全員が揃っての初稽古。
今回、姑・於継役をお願いした和泉敬子さんは
2005年にNHKドラマの『華岡青洲の妻』に出ておられ、
すでに紀州弁を完璧にマスターしておられます。
http://www.geocities.jp/kimkaz_labo/05-hanaoka.html

嫁・加恵役の楠見薫さんは、華岡青洲の家があった
紀ノ川市名手の出身で、高校までそこで暮らしておられました。
そして薫さんの弟でミュージシャンのクスミヒデオさんに
今回音楽をお願いしました。

そんな巡り合わせを得て、今回の舞台は立ち上がっています。

和歌山では8/7(木)に、有吉佐和子没後30年記念事業の
一環として、また8/9(土)には、グランフロント大阪・
都市魅力研究室で、それぞれ上演いたします。

ぜひ、ご覧ください。


「秋茄子のススメ」 〜「華岡青洲の妻」をモチーフにした朗読劇〜
http://blog.livedoor.jp/histoire2011/

 脚 本:岡部尚子(「空晴」作・演出・代表 第19・20回OMS戯曲賞最終選考候補作家)
 出 演:楠見薫 和泉敬子 上瀧昇一郎・古谷ちさ(「空晴」) 

 音 楽:クスミヒデオ

 内 容:
 『華岡青洲の妻』は、世界で初めて全身麻酔を用いた
 乳がん手術を成功させた和歌山出身の医師・華岡青洲の
 功績を、その妻・加恵(かえ)と、姑・於継(おつぎ)の
 対立と愛情をテーマとして描いた作品です。
 『秋茄子のススメ』では、舞台で『華岡青洲の妻』を演じる
 2人の女優、小沢真由子(おざわ・まゆこ)、高津春代
 (たかつ・はるよ)の物語として、有吉佐和子さんが
 作品に込めた思いを描いています。

<和歌山公演>
 日 時:2014年8月7日(木)18:30〜  
 会 場: 和歌山市民会館 市民ホール
      和歌山県和歌山市伝法橋南ノ丁7番地 TEL:073-432-1212 
 入場料: 無 料
 主 催:有吉佐和子 没後30年 特別展開催実行委員会
 協 力:大阪ガス蝓  


<大阪公演>
 日 時:2014年8月9日(土)16:00〜/19:00〜  
 会 場:大阪ガス螢┘優襯ー・文化研究所 都市魅力研究室

  大阪市北区大深町3-1 グランフロント大阪北館タワーC713号 
  TEL : 06-6205-2366

 *北館1FよりタワーC入口に入り、奥にあるAエレベーターで7階にお上がりください。
 入場料: 1500円

 チケット予約 ライトアイ TEL:06-6647-8243 WEB:http://righteye.jp/
 主 催:大阪ガス


2014/07/31(木)
小金屋食品物語


添付の記事は大東市で配布されている
フリーペーパー「DAITO TIME」3月号の記事です。
残念ながら「小金屋食品物語」は観ていないのですが、
市井の人のことを描いた作品はいいなと思います。
こういうスタンスで作品を作りたいなと。


2014/07/30(水)
Walkin’About@川西能勢口


8/11(月)には、川西能勢口を歩きます。

Walkin’About@川西能勢口
8月11日(月)  
集合時間・場所:18:30pm @川西能勢口駅西改札 
参加無料 

お問合せ:大阪ガス(株)エネルギー・文化研究所 都市魅力研究室 06-6205-2366

 兵庫県の南東部に位置し、北摂山系の山々や猪名川渓谷の水資源にも恵まれ、豊かな自然環境が残された住宅都市・川西市。清和源氏発祥の地として知られ、数々の史跡が残されているとともに、近年はニュータウンとしての開発も進んでいます。川西能勢口駅付近には交通機関が集中し、買物・生活施設も充実しています。今回は、このまちを自由に歩いていただきます。

 Walkin’Aboutは参加者のみなさんに、思い思いのコースをたどっていただく“まちあるき”です。
 参加者の方々は、集合場所でエリアについての説明を受けたあと、解散。約90分後に再び集合いただき、それぞれの見聞や体験を発表いただき、シェアします。


2014/07/28(月)
ビブらもバトル


25(金)のリサさんのコンサートの後は
コモンカフェでの「ビブらもバトル」に合流。
「中島らもメモリアルWEEK 2014」の企画の一つで、
お客さんにらも作品の魅力を語っていただき
その後らもさんの本の編集者である小堀純さんと、
前田一知さん、大村アトムさんが話されました。

前日には、林英世さんによる短編朗読があり、
打ち上げで午前1時まで小堀さんと飲んでいました。
小堀さんはおそらくこの日、初めてコモンカフェに
足を踏み入れていただいたと思います。
今回の中島らもメモリアル、感慨深いイベントとなりました。


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