過去の日記

2023/02/02(木)
社会的孤立を解決する居場所


次回2/24(金)のがくげいラボ×Talkin'Aboutには、
2020年に『社会的処方』を出された西智弘さんにお越しいただきます。
https://book.gakugei-pub.co.jp/gakugei-lab/gakugei-talkin-vol21-20230224/

“社会的処方”とは、薬を処方することで
患者さんの問題を解決するのではなく、
「地域とのつながり」を処方することで
問題を解決するというアプローチです。

西さんは医師として病院に勤務するかたわら、
「暮らしの保健室」や「社会的処方研究所」の運営を中心に、
病気になっても安心して暮らせるまちづくりに
取り組んでおられます。今回は特に、居場所づくりが
社会的孤立に対して果たす役割について伺っていきます。

がくげいラボ×Talkin’ About  vol.21
山納洋×西智弘「社会的孤立を解決する居場所」
2/24(金)19:00〜20:45
@タイルギャラリー京都(学芸出版社3階)/オンライン(zoom)


*西智弘編著『社会的処方』についてはこちらを
 https://book.gakugei-pub.co.jp/gakugei-book/9784761527310/


2023/02/01(水)
映画館のあった頃の宝塚を語るサロン


宝塚市立文化芸術センターでは現在、
「宝塚に映画館があった頃。」と題した展覧会を開催しています。
https://takarazuka-arts-center.jp/post-exhibition/post-exhibition-2737/

宝塚には戦前に、大規模な映画専用のスタジオがあり、
戦後には阪急電鉄の出資で宝塚映画製作所が設立されました。
また同じ頃、JR宝塚駅から阪急宝塚南口駅の一帯には
映画上映館が数館あり、まちの風景の一部になっていました。

本展では当時の映画館のポスター、市民の方々から持ち寄られた
当時のまちの写真、震災復興の再開発事業として開館した
シネ・ピピア、宝塚映画祭について紹介しています。

同展覧会の関連事業として、2/18(土)14:00〜15:30には、
「映画館のあった頃の宝塚を語るサロン」が開催されます。

宝塚に映画館があった1945(昭和20)〜1970(昭和45)年頃の
宝塚市内の映画館や商店街、まちの様子がわかる写真
99点について、参加者のみなさんと一緒に語ります。

参加無料。僕はファシリテーターを務めさせていただきます。
https://takarazuka-arts-center.jp/post-event/post-event-3015/

お時間とご興味がありましたら、宝塚までお越しください。
なんでしたら終わった後にどこかでお茶でもしましょう。


2023/01/31(火)
まち歩き演劇公演『忘れじの朝』再々演!


一昨年・昨年3月に堺市で開催したまち歩き演劇公演
『忘れじの朝』を、3/4(土)、5(日)に、
さかい利晶の杜主催で再々演いたします。

まちあるき演劇は、俳優がまちを歩きながら役を演じ、
観客は俳優とともに歩きながら作品を鑑賞するという
スタイルの演劇作品の上演です。
「情熱の歌人」与謝野晶子が生まれ育った堺の町を借景し、
晶子を取り巻く登場人物に扮した俳優たちの演技を鑑賞しながら、
ゆかりの地をめぐります。

今回の再々演がこれまでと大きく違うのは、
与謝野晶子の生家である和菓子屋「駿河屋」のシーンを、
さかい利晶の杜2階に再現されている「駿河屋」で
上演できることです。作・演出の高橋恵さんも
役者のみなさんも、どんなシーンが創れるのかを
楽しみにしています。


まち歩き演劇『忘れじの朝』

 作・演出:高橋恵(虚空旅団)
 出演:松原一純(A級MissingLink)・のたにかな子・濱奈美・瀬古なおき(虚空旅団)
 音楽:魚谷尚代(劇団コーロ)

あらすじ
 兄との諍いによって忽然と姿を消した晶子。弟の籌三郎(ちゅうざぶろう)は友人であり歌人仲間でもある宅雁月(たく がんげつ)と共に堺の町へ晶子を探しに行く。生家である駿河屋、幼き日々を過ごした路地、密かな憧れを胸に抱きながらも歌に生きる決心をした軒下、そして運命の人と出会うことになる浜辺。歌への気焔を高めながら、成長する与謝野晶子の足跡をたどってゆきます。

終了後、晶子さんにゆかりのあるお菓子と堺の抹茶を楽しんでいただきます。

日時 2023年3月4日(土)・3月5日(日) 
 午前の部11:00〜/午後の部14:30〜(雨天決行)

集合 さかい利晶の杜 1F観光案内展示室 受付開始は各回30分前

所要時間:約90分

料金 2,500円(おもてなしチケット・展示観覧料含む)申込先着順、当日精算。

主 催:さかい利晶の杜 協 力:大阪ガスネットワーク株式会社

※お申込み方法等、詳細はこちらを。
 https://www.sakai-rishonomori.com/information/%e6%9c%aa%e5%88%86%e9%a1%9e/wasureji-no-ashita2023/


2023/01/30(火)
都市開発、真に必要なものを


今朝の日刊工業新聞の「主張」欄に
「都市開発、真に必要なものを」と題した文章を
載せていただきました。
https://www.nikkan.co.jp/articles/view/00661482

Walkin’Aboutのこと、そこから見えてくる開発の意思、
そして都市開発の正義について、ジェイン・ジェイコブズを
援用して語っています。WEB版で読めるのタイトルだけですが...

そして明日1/31(火)は、19:00よりマチ会議です。
都市魅力研究室にお越しいただければ、記事はお読みいただけます。

【マチ会議】
 1月31日(火)19:00〜21:00頃 @都市魅力研究室 参加無料
 https://www.toshimiryoku.jp/access.html

 マチの魅力とは、なんだろう?
 訪れたくなる、住みたくなり、働きたくなるまちには、
 何があるんだろう?
 そんなテーマで、自由に話し合います。


2023/01/29(日)
「コモンカフェ」から「マチソワ」へ


さて、今日はみなさまに、大事なご報告を。

2023年10月に、大阪市北区・扇町公園の南側に
『扇町ミュージアムキューブ』という劇場ができます。
https://omcube.jp/

この施設は、かつて関西の若者文化の発信地だった
扇町ミュージアムスクエア(1985〜2003年)の
コンセプトを継承する施設として立ち上がります。
250席、100席、50席の3つの劇場空間と
7つのギャラリー・練習室・会議室を備えた
シアターコンプレックスが、医誠会国際総合病院の
外来棟の1階から3階に設けられます。
(運営:株式会社シアターワークショップ)

新劇場の1階には「マチソワ」という名前の
キッチンを備えたサロンスペースができるのですが、
この場所の運営を、コモンカフェ有志メンバーで行うことになりました。

「マチソワ」は劇場の中にできますが、
上には総合病院があり、横には保育園が入ります。
さまざまな立場の人たちが出会い、つながる場所として
このスペースの可能性を追求していきたいと考えています。

この場所には、かつては大阪市水道局の扇町庁舎があり、
水道局移転後には「メビック扇町」という
クリエイターのインキュベーションとして活用されていました。
僕自身は2003年から2006年まで、そこにいました。
ですので、17年ぶりに扇町に戻ることになります。

そして扇町での新たな実験に専念するために
中崎町で2004年から続けてきたコモンカフェは
2023年8月末で、約19年半の実験を終了いたします。

現在のコモンカフェスペースについては、
現メンバーの中で、新たな活用の検討が始まっています。
こちらについては、追ってご報告させていただきます。

みなさま、よろしくご承知のほど、お願いいたします。


2023/01/28(土)
ふるまうことで生まれるパブリック


1/25(水)のうめきたTalkin'About「1階からはじまるまちづくり革命」には、
リアル・オンライン合わせて82名の方にお集まりいただきました。

建築関係の雑誌や本の企画や執筆をしていた田中元子さんは、
千代田区内神田のビルにオフィスを移した時に、
オフィスの中にバーカウンターを作り、
そこでお酒をふるまい始めました。

そして次に、1階に降りて同じことがしたいと考え、
今度は小さな屋台を作ってまちに出ていき、
コーヒーをふるまい始めました。
そこから自分のやりたいことをまちに持ち込む
「マイパブリック」を提唱するようになりました。

2018年には、活用について相談を受けた、
墨田区の住宅街にある工場跡物件を活用して
「喫茶ランドリー」をスタートさせました。

多くの人たちが自分の場所と思えるように
ディレクションし過ぎず、近所の人たちのやりたいことを
どんどん受け入れていくことで、喫茶ランドリーは
コンセプトとして掲げていた“私設公民館”の通りに
多くの人たちに愛される場になっていきました。

そして次に、建物の1階を使って、
人々がリラックスして集い、出会い、つながる場を
作りたいという方々からの相談を受けるようになりました。
そしてフィットネス、スーパーマーケット、団地などで
喫茶ランドリーを展開し、まちの新たな顔を作っておられます。

田中元子さんは、ひとの姿が見える1階づくりを通じて、
互いに自由になり、多様性を許容できる社会をつくり、
究極的は“世界平和”を実現していきたい、
という強い信念を持っておられます。

その思いが、多くの参加者に響いていて、
とてもピースフルな時間を共有できました。
会場ではその後、元子さんに共感した前川壮太さんに
フリーコーヒーを実践していただきました。

コーヒーをふるまうことで、人がつながる場が生まれる。
そのことを、みんなが体感できた夜になりました。


2023/01/25(水)
女性が地域でチャレンジできる環境づくり


3/24(金)のうめきたTalkin'Aboutには、
ココスキの坂本さんにお越しいただきます。

うめきたTalkin’About「女性が地域でチャレンジできる環境づくり」
 2023年3月24日(金)7pm〜9pm
 場所:大阪ガスネットワーク 都市魅力研究室 
 話題提供:坂本恵利子氏(合同会社ココスキ代表) 参加無料

 子どもが生まれると、急な病気や発熱、保育園に慣れないなど、責任を持って仕事ができなくなってしまう…女性が子育てをしながら仕事を続けていくのは、なかなか大変です。
今回のTalkin’Aboutでは、合同会社ココスキの坂本さんに話題提供いただきます。
 ココスキは兵庫県尼崎市を中心に関西で活動している、フリーランスのライター・フォトグラファー・デザイナー・プランナーなどで構成される女性クリエイターチームです。チームで活動することで、育児や家事が大変な時でもフォローし合える強みを生かし、女性が地域で活躍できるコミュニティづくりや、スキルアップのセミナーの開催、また地域や企業からのオファーを受けて、女性の視点を活かしたデザイン制作や商品開発などにも取り組んでいます。
 
 今回のTalkin’Aboutには、坂本さんにココスキのこれまでの歩みについてご紹介いただきつつ、女性が地域とつながり、“やりたい仕事”を作り、地域をより元気にしていく、そんな好循環をどう実現していくかについて考えていきます。

※同イベントは、ZOOM併用で開催いたします。参加を希望される方は、info@talkin-about.com までご連絡ください

*坂本さんとココスキについては、こちらに詳しいです。
 greenz マイプロSHOWCASE関西編
 「子育てが落ち着いてから」なんて思いたくない。
 尼崎「ココスキ」に学ぶ、女性とまちを盛り上げる
 “やりたい仕事”のつくり方
 https://greenz.jp/2022/09/30/cocoroskip/

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 うめきたTalkin’Aboutは、あるテーマについて興味・関心を持った人たちが集い語り合うサロンです。思いある人たちが自由に集い、情報を交換し、ネットワークを広げ、そこから自然なかたちで新しいアイデアやコラボレーションが生まれていく、そうした場づくりを目指しています。

【会 場】
 大阪ガスネットワーク 都市魅力研究室
 グランフロント大阪北館 タワーC 713
 ●JR大阪駅、地下鉄・阪急梅田駅より徒歩8分
 *北館1FよりタワーC入口に入り、奥にあるAエレベーターで7階にお上がりください。

【お問い合わせ】
 大阪ガスネットワーク 都市魅力研究室 担当:山納 Tel 06-6205-2366


2023/01/23(月)
大谷茶屋の近況


今日は大谷茶屋の近況を。

1/22(日)は樫山さん、森本さんにお越しいただき、
母屋裏のラスカットボード貼りを半分終えました。
このボードは上からモルタルを塗れるので、
雨水が茶屋に入り込まないようにできそうです。

1/21(土)は、半年ぶりに一箭さんの「きっさ かっこ」でした。
洞窟側はこのように今も営業可能なのですが、
お店に立つ店主が足りず、毎週末に開けられない状況です。

3月以降には、暇を見て僕も入ろうかと思っています。
朝7時から10時まで、午後2時から5時までなどで
食事は出さず、喫茶営業だけで。

そんなことを私もやってみたい!という方がおられましたら、
お気軽にお声かけくださいね。


2023/01/21(土)
京橋をゆく(2)


京橋駅南口から東へ5分ほど行った住宅街の中に「富鶴」という焼肉屋がある。創業は昭和25年(1950)。テッチャン鍋と秘伝のタレにつけて食べる焼肉がウリのお店。店内には数多くの有名人のサインが見える。

店内のレジのところには2枚の写真が飾られている。1枚は創業者の金城旭佐 張今連氏。名前から朝鮮半島の出身者と分かる。戦後に物資が不足していた時代に9人の家族を養うため、僅かな資金を頼りに女手一つでホルモン屋を創業したそうだ。「富鶴」という店名は当時のお客さんが“千年の富を”と名付けたものだそうだ。

もう一枚の写真は、7人の男性が並んで立つ写真。戦前に撮られたもので、真ん中の男性が創業者のご主人。お店のすぐ裏にあった工場で働いていた時のものだそうだ。男前、かつヤンチャな人物像が伝わってくる。ご主人はかなり若い時分に亡くなられているそうだ。

「富鶴」の創業者は、この地でどんな思いを抱き、どんな人生を歩んできたのだろうか?そんな思いを馳せながら、ホルモン鍋をつついた夜だった(おわり)。


2023/01/21(土)
京橋をゆく(1)


1/14(土)のWalkin'About@京橋には、
10名の方にご参加いただきました。
今回は駅の西側に向かい、京阪の高架下を見たり、
藤田美術館や山王美術館を訪れる方が多かったのですが、
東側に行き、京橋東商店街を探索したり、
屋外酒場「とよ」で楽しく飲んでいた方もおられました。

京橋駅の東側には商店街がいくつもあり、
その周辺には風俗街もあるので、
特に女性には「怖いところ」という印象が強いようですね。
西側では京阪モールが明確に女性をターゲットにしていて、
その先にある文化ゾーンも徐々に充実してきています。
もともとイオン(ダイエー)があった場所は今は更地で、
オフィスを併設した大型のショッピングモールが
建設されるようです。

僕自身もいろいろ見てきたのですが、
今回は8年前に書いていた日記を再掲することにします。


JR環状線・京橋駅を東に出ると、ホルモン屋、立呑み屋、風俗店が立ち並ぶ一角がある。その南側、階段を少し上がったところに「とよ」がある。この場所は、昭和40年頃まであった鯰江川の堤の上にあたる。道端の屋台のような趣で、すぐ下の、川の後背地に当たる場所は墓地になっている。営業が始まると、客は道路にはみ出して呑み始める、ウニとイクラとマグロのぶつ切りを頂きながらビールを進めていくと、何十年か前の日本にタイムスリップしたような心地になる。

墓地をはさんだ反対側のホルモン屋で、“この辺りは昔、どんな街だったのか”と聞いてみると“戦争中に爆弾が落ちてきたところ”と。

昭和20年 (1945)8月14日の午後1時過ぎ、米軍機B29約150機が、現在の大阪城公園の全域にわたってあった大阪砲兵工廠を狙い、約700トンの1トン爆弾を集中的に投下した。
この空襲で砲兵工廠は壊滅。その北東に位置した京橋駅周辺にも、4つの爆弾が落ちた。うち一発が片町線のホームに落下、爆発し、避難していた乗客らが直撃を受けた。この空襲での犠牲者は、身元の判明している人だけでも210名以上、身元不明者を含めると700名〜 800名と云われている。戦争が終わる、たった1日前のことであった。
京橋駅南口のすぐそばには、慰霊碑がある。空襲からちょうど2年後、昭和22年 (1947)8月14日に私費で建てられ、毎年慰霊祭が行なわれているという。

砲兵工廠の焼け跡は、不発弾が多く危険だという理由で、約20年近く更地のまま放置されていた。東側の低地にはバラックが広がり、都市雑業、零細工場労働者が暮らしていたが、平野川堤防の改修工事により工廠跡地に出入りできるようになったことで、そこに残された膨大な鉄くずを回収し、生計を立てる在日韓国・朝鮮人たちが集まるようになった。彼らは跡地を警備する守衛や警察による摘発を受け、攻防戦を繰り返し、「アパッチ族」と呼ばれた。昭和30年から34年にかけての出来事である。

アパッチ族には、さまざまなグループがあった。彼らは当時、環状線とほぼ並行して流れていた猫間川を粗末な船で渡ったり、弁天橋にあった守衛小屋のまえを強行突破したりして、跡地に入りこんだ。それぞれが鳶口や金ノコ、ロープ、シャベル、ハンマー、チェーンブロックなどを持ち、巨大な鉄塊などを盗んだという。

アパッチ族については、開高健が小説『日本三文オペラ』を、小松左京が『日本アパッチ族』を、そして実際にアパッチ族の一員であった在日朝鮮人作家の梁石日(ヤンソギル)が『夜を賭けて』を、それぞれ著している(つづく)。


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