過去の日記

2019/02/14(Thu)
Walkin'About@Brockton


その後アービントン南西にあるブロックトンへ。
人口9万5千人、アービントンと入れ替わりで
靴産業の中心地となりましたが、今は靴は作っていません。

ダウンタウンから少し行くと、靴工場の労働者の住宅地、
その外側には靴工場のオーナーと経営層の住宅地が
残されていて、かつての繁栄の気配を知ることができます。

ただ、この町に住んでいた白人たちは、70,80年代に、
この町を離れていきました。そして入れ替わるように、
ボストン南のド―チェスター、ロクスベリーに住んでいた、
ヨーロッパからの後期移民やアフリカ系アメリカ人が、
この町に暮らすようになりました。
ブロックトンの人口動態を見ると、2013年の推定値で、
白人も黒人も43パーセントずつになっています。

最近、ボストン周辺の家賃高騰のあおりで、
ブロックトンに移住する人が増え、
地価や家賃が上がっているそうです。
そのことで新しいレストランや面白いショップが
できていないかと見て回りましたが、そんな気配はなく、
ダウンタウンは寂れ、ロードサイドショップは
99セントショップのような低所得者向けのお店が中心で、
住宅地は人通りが少なく、家が手入れされていない感じでした。

ダウンタウンの写真を撮ろうとカメラを建物に向けると、
「撮るな!」と黒人の男性が怒って叫んだので、撤退。
不動産で一儲けしようと企んでいる輩だと思われたのかも。

いま訳している「THE DIVIDED CITY」にも、
かつて製造業で栄え、20世紀後半から衰退し、
苦闘を続けている町のことが一杯書かれていますが、
ここもそういう町のようです。

ジェントリフィケーションが起きているのは、
ほんの一握りの街、ほんの一握りのエリアだけのようです。


2019/02/13(Wed)
Walkin'About@Abington(2)


ミスター・ジョンがアービントンで育った50年代は、
ちょうど生活がいろいろ変わる時期でした。
家の畑では主に野菜を育てていましたが
父親はまだ馬で畑を耕していて、
祖父の家では牛を飼っていました。
燃料は森で採れる薪と石炭で、
その後に石油が主流になっていったと。

父親は靴工場の仕事ではなくトラックの運転手で、
ブロックトンにある会社に出社してから
コッド岬やニューベッドフォードまで行って来る
日帰りの仕事だったので、毎日家に帰ってきました。
ブルーカラーですが、組合のおかげで給料は保証され、
生活は安定していたそうです。

この2軒の家の右が祖父が買った家で、
左の家は父親が土地を分けてもらって建てたそうです。
ミスター・ジョンは左の家で育ちましたが、
どちらの家も、ずいぶん前に人手に渡っています。

「ここに来ると、いつも悲しい気分になる。
 今の所有者は手入れをせず、庭には何も植えていないからね。」

アービントンの街は寂れているというよりは
何もないという感じでした。今では中流階級が暮らす、
静かな住宅街になっているようです。

(つづく)



2019/02/12(Tue)
Walkin'About@Abington(1)


カフェの友人、ミスター・ジョンから、
僕の生まれ育った町に行ってみないかと誘われ、
ボストンから南に32kmの場所にある
アービントンという町に行ってきました。
人口は1万6千人程の小さな町です。
そこで彼のファミリーヒストリーを聞きました。

彼の曽祖父は、1846年に親戚と一緒に、
アイルランドからアービントンに渡って来たそうです。
ポテトファミン(ジャガイモ飢饉)と呼ばれる飢饉が
アイルランドを襲った時のことです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/ジャガイモ飢饉

曽祖父はこの地で農地を手に入れ、
夏の間は農業をし、それ以外の時期は靴工場で働きました。
アービントンは当時は靴産業の中心地で、
南北戦争時の北軍の軍靴の半分はこの町で作られたそうです。

靴産業はその後、南西に接するブロックトンに移りました。
曽祖父がやってきたちょうど100年後の1946年に
ミスター・ジョンはこの町に生まれましたが
その頃にはもう靴は作られていなかったそうです。

写真は残されていた靴工場の建物です。


2019/02/10(Sun)
Praise the God!(神を称えよ!)


日曜日の朝にはどこの教会でも礼拝をやっていて、
ボストンに来た当初には近所の教会を回っていました。
バンドを入れてライブみたいにしているところ、
古い大きな教会に礼拝者が10人というところ、
スペイン語で礼拝をやっているところもありました。

この教会では、WORSHIP(礼拝)と書いてありますが、
聖書を読んで讃美歌を読んでパンとワインを頂いて
献金をするという、普通にあるパターンとは違っていて、
みんなで歌い、踊り、シャウトしています。
参加しておられるのは、僕以外はみんな黒人です。
女性がほとんどでした。

"Praise the God!" "Thank you God!"
とにかくみなさん、神への感謝を叫び続けるのですが。
その中で、すごく個人的な体験を語っています。
「数日前に鍵をなくしたの。これは神からの試練だわ。」
「先週車がぶつかってきたの。でも私は乗り越えたわ。」

そんな中、とても大きな悩みを抱えた女性が、
「私はずっと暗い場所(Dark Place)にいたわ。
 とても辛くて苦しかった。でも、神もその苦しみを
 味わってきた。神とともにあると思えることで、
 私はそれを乗り越えたわ!」と滔々と語り、
その後にみんなが歌い、踊り、叫び、
本当に神が降りてきたのではという高揚感に包まれました。

実はこの礼拝に参加するのは数ヶ月ぶりで2度目で、
最初はただただ圧倒されていたのですが、
この国で黒人たちが置かれている状況を知るにつれ、
彼らがスーパーポジティブに日々の苦難を乗り越えるには
神とともにいられる経験が決定的に重要なのだと分かってきました。

最後に話をした女性は、ニューヨークからボストンに
移ってきました。家賃が上がり、追い出されたそうです、
彼女はどうにか家賃を払うために車を手放しました。
ですがディーラーは「値段がつかない」と、彼女の車を
タダで処分しようとしました。その後彼女のところに、
車の代理店から連絡がありました。その車を教会の車として
使っていたので、たどりついたようです。
結局その車には2100ドルの値段がつきました。
それはちょうど私が必要としていた額だったのです。
ニューヨークを離れてボストンにやって来ましたが、
ここに来てから夫は「お前なしでは俺はだめだと分かった」と。
「神はこういう形で私を祝福してくれたのです。」

彼女は「家を追い出されたかわいそうな人」などではなく、
こういう境遇に置かれても、人を助けたい人なんだ、
ということに、強く心を打たれました。

そんな週末を送っています。






2019/02/10(Sat)
ファーマーズマーケット


ケンブリッジコミュニティセンターでやっていた
ファーマーズマーケットの様子。

野菜、果物、乳製品、パン、コーヒー、エジプト料理、
インドネシア料理、カメルーンの調味料、手作り石けんなど
多彩なものを売っていて、ステージ上ではおじいさんたちが
ギターを弾いていました。


2019/02/08(Fri)
アフォーダブルウォーター…
アメリカ五大湖周辺の都市では、水道インフラの老朽化から
この10年ほどの間に水道代が2倍、3倍に上がり、
払えずに水道を止められるケースが増えているそうです。

アメリカの水道管は新しいものでももう40、50年、
古いものでは100年以上経っていて、
政府もインフラ更新対策の予算を計上していますが足りず、
アフォーダブルハウジングならぬアフォーダブルウォーター
(購入可能な水)という言葉まで生まれています。
勝手に水を取ってくる「盗水」も増えていると…

https://www.npr.org/2019/02/08/691409795/a-water-crisis-is-growing-in-a-place-youd-least-expect-it


2019/02/05(Tue)
スナップショットの外側


今日のケンブリッジは昼は17℃まで上がり、
春がやってきたような心地良さでした。
明日の明け方には−2℃まで下がるそうですが…

さて、先週の受講者が2名で開講が危ぶまれていた
「過去と現在:歴史の調査を公共政策に活かす」ですが、
昨日は僕も含めて4名が集まり、開講が決まりました。
他の3名は、インド、中国、アフリカのどこかで、
生徒側にはアメリカ人が一人もいないクラスになりました。

モシク・テムキン准教授は
歴史的な事件をスナップショットとして見るのではなく
それまでにどういう経緯があってその事件が起きるに
至ったのか、その全体を見るように言います。

その例として、1941年の日本による真珠湾攻撃は
なぜ起きたのかという話をされ、これは僕が答えないと、
でもアメリカ人である准教授に、中国人がいる前で、
何と答えたものかと思っていると、インド人の男性が、
「明治維新までさかのぼる必要があります」と。

テムキン氏は、その意見を評価しつつ、
1941年に先立つ中国進出、1910年の日韓併合、
1905年の日露戦争、1868年の明治維新、そしてさらに
1853年のペリーによる開国要求あたりまでを見れば、
その意味が見えてくるだろう、と。

なるほど、そういうことを英語で言わないといけないのか…

来週からは、テキストを読んできてのディスカッションで、
一人一人に別の課題が出され、一人5分のプレゼンだそうです。
僕のテキストは24ページですが、
200ページの本1冊という人もいました。
これはなかなかな授業かも…

といいつつ、テキストを調べてみました。
僕が担当するのは、黒人奴隷の時代までさかのぼって、
白人が無意識に持っている人種イデオロギーを分析したものでした。
200ページの本は、ジム・クロウ法という、
南北戦争以降にアメリカ南部で制定された
人種差別的内容を含む州法の話でした。
https://ja.wikipedia.org/wiki/ジム・クロウ法

このテーマにおける「スナップショット」は
1960年代にアメリカ全土で頻発した黒人暴動か、
サブプライムローンの問題か、または
今起きているジェントリフィケーションなのではと。

ハーバードケネディスクール、やはり奥深いです。



2019/02/01(Fri)
darwin's ltd,


10月にこの日記でご紹介した、
MITの研究員の吉村有司さんが
アパートの近くの「darwin's ltd,」というカフェに
朝から毎日行っていると伺い、
行ってみると何とも居心地が良かったので、
僕も毎朝そこに行く人になりました。
http://darwinsltd.com/

もう10日ほどになりますが、
一日も外すことなく吉村さんと出会います。
wifiが無制限に使える、集中できる、情報交換できる、
学生だけでなくいろんな人がやって来ていて
いろんな会話が聞こえてきて面白いなど、
理由はいろいろですが、このカフェと出会ってからは、
ケンブリッジでの生活の質が変わってきました。
そして家に引きこもる時間が少なくなりました。
マイナス10℃であろうとも出掛けて行きます。
そして土日もずっと研究しています。

さて、そんな吉村さんが最近、
「ディープラーニングアーキテクト:
 人工知能の眼から見た建築デザインの分類」
と題する論文を公開されました。
http://blog.archiphoto.info/?eid=1170807&fbclid=IwAR1quDNftgvOa_zwWqJUYjPiCGFIu_3-FbxqHjeqkagkf2mJngVxneTbhXI

人工知能の目で見た時の建築家のデザインの特徴と
人間の目(歴史家や批評家)との間には
一体どのような違いがあるのかという研究だそうです。

僕はその隣で、「まちの外観から何がわかるか」とか、
ジェントリフィケーションとか都市再生といった
研究をしているというわけです。
なかなか味わい深い日々です。


2019/01/30(Wed)
ハーバードの春学期が始まりました


ハーバードの春学期が始まりました。
どの講義も初回は「Shopping Day」といって、
登録するかどうかを学生が決めるための
プレゼンのような内容になるのですが、
それを聞いて回り、今回は2つの講義を
聴講することにしました。

一つは「グローバル都市における住宅と都市化」
秋学期はアメリカの住宅政策と都市化を学びましたが、
こちらは主に発展途上国の同じ問題を扱うようです。

下の写真は、1913年のボストンのダウンタウンの写真。
矢印のところにある看板には、不動産ブローカーの名前が
書かれていて、この時代に不動産のコーディネートが
専業として成立していたことがここから分かるそうです。、
ちなみにイギリスではその役割を弁護士がしていたのだと。

これは、アメリカ、そして世界のまちヨミを学ぶのに
とてもいい講義なのではと。

もう一つは「過去と現在:歴史の調査を公共政策に活かす」
夕方4時からと遅いためでしょうか。行ってみると、
生徒は僕を含めて2人だけでした。

前半は資料をもとにディスカッション、
後半はそれぞれの研究テーマを深掘りして発表です。

これは、アメリカのまちヨミを研究・発表するのに
とてもいいセッションなのではと。

ボストンに滞在するあと5ヶ月の間に、
「THE DIVIDED CITY」の翻訳と、
ジェントリフィケーションの調査に取り組もうと
方向性を定めていて、もちろん進めていくのですが、
Walkin’About的な方向性を
さらに深めることができそうで楽しみです。  


2019/01/29(Tue)
Walkin'About@Concord(4)


コンコードには、オールドノース橋という、
アメリカ独立戦争のきっかけになった
発砲事件が1775年に起こったという
メモリアルな場所があります。
https://www.ab-road.net/north_america/usa/boston/guide/10307.html

そのすぐ近くには、旧牧師館と呼ばれる建物があります。
1770年に建てられ、19世紀にはナサニエル・ホーソンと
ソフィア夫妻が過ごしたという建物で、
当時のままの状態で残されています。

ミスタージョンは、こうした古い建物に詳しく、
屋根の形状などから、当時としては質素な建て方なのだと。

この建物の近くには、こんな黄色い家があるのですが、
こちらの方は、古い建物を150年ほど前に
リノベーションしたものなのだそうです。
そのことは、1階の大きくなっている窓で分かるのだと。

 古い家を観て、それがどんな背景や歴史を
 持っているかを知るのは、探偵のような知的な営みなんだ

僕は日本では、こういうことがいくらか分かるのですが、
アメリカにも、そういうまちヨミの文法が存在するようです。
ミスタージョンから学ぶことは、まだまだ多そうです。

(コンコードの回、おわり)


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