過去の日記

2022/09/27(火)
都市と森林をつなぐことの可能性


ちょうど1年前のうめきたTalkin'Aboutで
話題提供いただいた、古川ちいきの総合研究所代表の
古川大輔さんが、今年7月に西中島南方に
「ちいきのBAR峠〜お酒と森と木のギャラリー〜」
という新たな拠点を作られました。
https://www.facebook.com/chiikino/

ここはちいきの総合研究所の新事務所で、夜はバーになります。
古川さんは、都会からは見えにくい林業の世界を
多くの方に知ってもらい、そこから日本の林業の可能性を
拡げようと、こんな挑戦をされているんですね。

ということで、10/19(水)に都市魅力研究室で、
そんなお話をしていただきます。
終了後には「峠」に足を運ぶ予定です。

うめきたTalkin’About「都市と森林をつなぐことの可能性」

2022年10月19日(水)7pm〜9pm
場所:大阪ガスネットワーク(株)都市魅力研究室 
話題提供:古川大輔氏(古川ちいきの総合研究所代表・
『森ではたらく! 27人の27の仕事』著者) 参加無料

 林業における仕事の形は多岐にわたっています。脱炭素社会、SDGs、森林環境税(国の施策)の流れを汲み、特に最近では、森林管理や木材生産といった“狭義の林業”だけでなく、観光・健康・福祉・農業・飲食などの事業と掛け合わせ、“広義の林業”を実践し、自由自在になりわいを生み出している人たちも登場してきています。 一方で、森がどう作られ、木がどう育てられ、切り出されているのかを消費者が知ることは少なく、逆に消費者が森や木にどういう価値を見出しているかを山林側の人たちが知る機会も、殆どありません。
 ですが、このギャップを超えて、林業を素材の供給だけでなく部材、消費財、空間、ライフスタイルの提案へと広げていく構想力(トータル林業まちづくり構想)を多くの立場の人たちが共有できれば、林業の可能性はさらに広がっていくのではないでしょうか。

 今回のTalkin’Aboutでは、学生時代に地域づくりインターン事業で奈良県・川上村で林業の仕事に携わったことを機に全国を巡り、現在は森林再生・地域再生コンサルタントをされ、トータル林業まちづくり構想を各地で支援し、林業×まちづくりを全国で展開している古川さんに話題提供いただき、そこから都市と林業をつなぐ仕組みづくりの必要性と可能性について考えていきます。なお、7月下旬に古川さんがオープンした、全国の森林・林業とのつながりを表現した新大阪の新拠点(bar、gallery、café、shop、office)のお話もいただきます。都市側からできる、森林に関わる動きとは何か?一緒に考えていきましょう。

※同イベントは、ZOOM併用で開催いたします。参加を希望される方は、info@talkin-about.com までご連絡ください

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

うめきたTalkin’Aboutは、あるテーマについて興味・関心を持った人たちが集い語り合うサロンです。思いある人たちが自由に集い、情報を交換し、ネットワークを広げ、そこから自然なかたちで新しいアイデアやコラボレーションが生まれていく、そうした場づくりを目指しています。

【会 場】
 大阪ガスネットワーク(株)都市魅力研究室
グランフロント大阪北館 タワーC 713
 ●JR大阪駅、地下鉄・阪急梅田駅より徒歩8分
 *北館1FよりタワーC入口に入り、奥にあるAエレベーターで7階にお上がりください。

【お問い合わせ】
 大阪ガスネットワーク(株)都市魅力研究室 担当:山納 Tel 06-6205-2366


2022/09/25(日)
気仙沼の風(5)


気仙沼・内湾エリアの北西側にある八日町商店街に、
「くるくる喫茶 うつみ」はあります。
https://www.asahi.com/articles/ASP6J72ZHP66UNHB003.html

店主の吉川さんは、災害公営住宅の設計を担当する
会社のスタッフとして、6年前に気仙沼に来られました。
八日町界隈の復興まちづくりに携わるうちに、
このまちで自ら何かをしたいと考えるようになり、
閉店した菓子店を改修し、地元のまちづくり会社代表との
共同経営という形で、2021年6月より運営されています。
https://www.facebook.com/kuru2utsumi

9/17(土)には、上のような事情を知らずに入りました。
お店には吉川さんとともに、2人の女の子が
壁に八日町界隈の写真を貼り出していました。

話しかけてみると、彼女たちは「架け橋」という
ゲストハウスに泊まっていて、そこが気仙沼市から
受託している『ふるさとワーキングホリデー』という、
若い人たちが地方でお仕事をしながら、
地域の人たちとの交流や学びを通じて、
リアルな地方の暮らしが体験ができるプログラムに
参加して、くるくる喫茶で働いているのだと。
https://www.facebook.com/kesennumaguesthousekakehashi/

お店には、近所にお住いのおばあちゃんもいました。  
その方は昔の界隈の写真を見て、
「この辺では、サンマは買う魚じゃなかった。
 オート三輪がサンマをいっぱい積んで角を曲がるときに
 落としていくのを拾って、それを頂いていた」と。

くるくる喫茶の店舗は、東日本大震災の津波で、
1階の天井まで水に浸かったそうです。
それでも店舗が残り、昔を知る方々がいて、
ここで若い人たちに地域の記憶を伝えている
という事実に、感動を覚えていました。

今回の気仙沼ツアーでは、気仙沼の今を作っている
いろんな方と出会うことができました。
彼らの取り組みが、今後どんな形に結実するのかを
改めて足を運んでウォッチしてみたいと思っています。

3日には陸前高田に行き、かさ上げして復興した
中心市街地を歩き回ったり、西村佳哲さん・友廣裕一さんたちが
箱根山テラスで開催していた「箱根山学校」を
覗かせていただいたりもしたのですが、
https://note.com/lw_nish/n/n73949ec39f0b

ちょっと長くなったので、ここでは割愛いたします。

とても充実した3日間を、過ごすことができました。
関係者のみなさま、大変お世話になりました(おわり)。


2022/09/24(土)
気仙沼の風(4)


遠洋・近海・沿岸漁業の全てを行うがある気仙沼港には、
さまざまな種類の漁船が並んでいます。
船首にモリが据えられ、見張り台があるのはメカジキ、
集魚灯がいっぱいついているのはサンマと、
狙う魚種によって設備が大きく違っています。
見分けられるようになるとちょっと楽しそうです。

左に写る第二十三号海徳丸は、かつお一本釣り船です。
少しわかりにくいですが、宮崎県日南市と書かれています。
右の船体が緑色の船は、第十六大師丸という
沖合巻き網船団の大型探索・運搬船で、
イワシ、サバ、イナダ、カツオ、マグロなどを獲ります。
こちらは静岡県沼津市からの船です。
このように、気仙沼には他の漁港からの船もやって来ます。

そして港の周りには漁具、氷、燃料、造船、船体メンテなど、
漁業を支える関連産業や水産加工業などが集積し、
水産クラスターを形成しています。

魚市場のそばにある「酒のサイシン」。
このお店は昨年、NHK「ドキュメント72時間」で、
“漁師たちのコンビニ”として紹介されています。
実は今回、このお店を覗くことができなかったのが
最大の後悔でした(今オンデマンドで番組を見ました)。
https://www.nhk.jp/p/72hours/ts/W3W8WRN8M3/episode/te/MRQNG953LW/

このお店も、水産クラスターにおける重要な存在です。

番組の中にも出てきましたが、気仙沼には最近
インドネシアからの技能研修性が多いのだそうです。
みしおね横丁には、飲食店のほかに、
朝から入れるお風呂がありますが、さらに、
イスラム教の礼拝所もありました。
こういう形で、漁師に寄り添っている町なんだなと(つづく)。


2022/09/23(金)
気仙沼の風(3)


気仙沼の内湾エリアには、迎(ムカエル)、創(ウマレル)、
結(ユワエル)、拓(ヒラケル)の4つの建物からなる
観光商業施設と公共施設が整備されています。

このうち迎(ムカエル)と創(ウマレル)は、
防潮堤と一体型の建物になっています。

内湾エリアは、東日本大震災による津波と、
破壊された石油タンクから流出した重油が
引き起こした火災により、甚大な被害を受けました。
その後の復興計画において、宮城県は高さ4.4mの
防潮堤建設のプランを示しましたが、
多くの住民はこの計画に反対し、地元では
海とまちの連続性を確保するための対案を検討しました。

その後かなり複雑な経緯があったようですが、
2019年、震災から8年後に施設はオープンし、
同年にグッドデザイン賞も受賞しています。
https://www.g-mark.org/award/describe/49500

これも、かなり大胆な突破法ですね。

ハード整備が一段落したところで、気仙沼市では、
将来のまちを担う世代30名によるプラットフォームを組織し、
未来ビジョンを策定し、その実現に向けて動き出そうとしています。

その推進役を務めているのが、ハートビートプラン。
大阪を拠点とする都市デザイン事務所です。
https://hbplan.jp/

代表の泉英明さんは、1年半前から気仙沼に関わり、
今は月のうち10日ほどを気仙沼で過ごされているそうです。

9/17(土)の夜は、小山さんの仕切りにより
気仙沼ホルモンのお店で泉さんと合流し、
その後みしおね横丁という、2019年に開業した
トレーラーハウス店舗を集めた横丁で飲んでいました。

そこには、プラットフォームのキーマンが次々と現れます。
泉さんは彼らと対話を重ね、彼らの思いを引き出し、
実現のための後方支援を引き受けておられるようです。

気仙沼の方々と接していて強く感じたのは、
復興のイニシアチブを自分たちの側で持ち、
まちの将来を行政任せにしないという矜持、
そしてキーマン同士がつながっていて
同じ方向を向いて走っているという力強さでした(つづく)。


2022/09/19(月)
気仙沼の風(2)


9/17(土)の午前中には、気仙沼市街地から
10kmほど南にある大谷海岸へ。
一般社団法人プロジェクトリアス代表理事の
三浦友幸さんに、海岸を案内いただきました。

長さ約2kmの遠浅の海岸線と砂浜が広がる大谷海岸は、
東日本大震災による津波と地盤沈下によって
砂浜のほとんどが消失し、その後の復興事業では。
高さ9.8mの防潮堤の建設が予定されていました。

このままでは、美しい砂浜の風景が失われてしまう、
そして合意形成が難しい課題を前に、
地域が賛成と反対で分断してしまう、
その懸念から、三浦さんたちは署名活動を行い、
復興計画を作成し、若者世代を中心にまちづくり協議会を
立ち上げ、地域の合意形成を進めていきました。

結果として実現させたのは、防潮堤の内側に整備される
予定だった国道を9.8mの高さまでかさ上げして
防潮堤と兼用するというプランでした。

その実現のために、三浦さんたちは粘り強く調整を進め、
住民から市、県、国と賛同者を増やし、プランを磨き、
9年後に今の形で大谷海岸を復活させました。

このあたりの経緯は、こちらのサイトをご参照ください。
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/mag/na/18/00131/030300008/?P=3

ちなみに砂浜に防潮堤ができるとこんな風景になる、
という例として、大谷海岸から10kmほど南西にある
二十一浜漁港の写真を並べてみます。
大谷海岸の当初のプランは垂直ではなく傾斜式でしたが
人々の生活が砂浜と分断されてしまう、という点では同じです。

敵を作らず、みんなが合意できる落とし所を探り続け、
課題を一つ一つ解決し、最終的に壁を突破する。
それが三浦さんの流儀でした。

余談ですが、NPO法人「森は海の恋人」が拠点を置く、
舞根地区では、住宅を高台に移転させつつ、
防潮堤を作らないという選択をしています。
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/mag/na/18/00131/030300008/?P=4

いやはや、いろんな突破の方法があるものです(つづく)。


2022/09/19(月)
気仙沼の風(1)


9/16(金)から18(日)の3日間、
宮城県気仙沼市と岩手県陸前高田市に行っていました。

4/12に開催したうめきたTalkin'About
「気仙沼の漁業を観光に活かす」で話題提供いただいた、
合同会社moyai、株式会社阿部長商店の小山弘二さんに
コーディネートいただき、いろんな方にお会いしました。

最初に訪れたのは、唐桑半島のつけ根にある
NPO法人「森は海の恋人」の拠点です。
副理事長の畠山信さんに。カキ養殖の現場を見せていただき、
活動の歴史について伺いました。
https://mori-umi.org/

三陸リアス式海岸の中央に位置する気仙沼湾は、
遠洋漁業の基地として有名ですが、
波静かな入り江は養殖漁場としても優れていて、
江戸時代からノリ、大正時代からはカキ、
近年ではワカメやホタテなどの養殖も盛んに行われています。

ですがカキの養殖は、昭和40〜50年代に
大きな危機を迎えていました。湾内に赤潮が発生し、
赤潮プランクトンを吸ったカキの身が赤くなり、
売り物にならなくなってしまったのです。

信さんのお父さんでNPO理事長の畠山重篤さんは、
その理由を探して、気仙沼湾に流れ込む大川を
河口から上流まで歩いて観察しました。
そして川の源にある山が杉林に替わり、
手入れがなされていないことに気づき
広葉樹の森づくりに取り組み始めました。

そして漁師が本業のカキ養殖の傍らで、
植林活動と環境教育を行うという
「森は海の恋人」の活動が生まれたそうです。

その後、大川上流にダム建設の計画が発表されました。
畠山重篤さんは、山に木を植える活動を続けるとともに、
森と海のつながりを科学的に証明しようと、
水産学、農学、林学、生態学などの専門家に当たり、
当時北海道大学水産学部にいた松永勝彦教授の研究に出会います。

松永教授は、森林の腐葉土で形成される「フルボ酸鉄」が、
雨水に溶け込んで河川を通じて沿岸海域に供給され、
植物性プランクトンがこれを取り込むことによって生長し、
豊かな沿岸海域の生態系が形成されることを発見しています。

海と森林との関係を科学的に解明し、
ダム建設がもたらす負の影響を指摘することで、
畠山さんたちは、2001年にダム建設中止の決定を勝ち得ます。

自分たちの身の回りの環境が脅かされそうになった時に、
どのように壁を突破し、理想を実現させるのか。
現場で、その流儀を教えていただきました(つづく)。


2022/09/13(火)
“顔の見える建築家”の可能性


9/9(金)のうめきたTalkin'About「建築家の解体と“街場の建築家”」には、
20名の方にお集まりいただきました。

今回話題提供いただいた松村淳さんは、
関西学院大学社会学部を卒業した後に、
京都造形芸術大学通信教育部で建築デザインを学び、
その後関学に戻られ、社会学博士となり、
建築社会学というスタンスで建築を研究されています。

著書『建築家の解体』では、ピエール・ブルデューの
“ハビトゥス”という概念を用いて、建築家はいかにして
有名建築家としてのポジションを得てきたのか、

そして近年、建築がシステム化され、
卓越した個人建築家の活躍の機会が閉ざされる中で、
これまでとは違う道を通って成功に至った人たちや、
災害復興やリノベーションの現場でその力を発揮する
“顔の見える建築家”たちが登場してきている、
という状況について、アンソニー・ギデンズの
“後期近代”“脱埋め込み”“再埋め込み”という概念を
援用し、分かりやすく解説されています。

今回のTalkin'Aboutでは、特に後半のテーマについて
松村さんから、こんな問いをいただきました。

システムが全域化、透徹化する時代において、
投資リターンが見込めない物件というものは、
開発の枠外に置かれていますが、そうした空き家を
意志を持った“顔の見える建築家”たちが
地域の人たちの力を集めて改修し、
新たな価値を生み出してきている。

建築家の生きる道は、今後地域において、
大きな広がりを見せていくだろう。
ただ、それは持続可能な形になり得るのか?

今回の参加者の方の中には、一級建築士として
建築設計に関わっている方や、行政内で建築職や
まちづくり部署におられる方が多く、
この問いかけは「自分たちの生きる道をどこに見出すか?」
という切実な問いとして響いていたようです。


2022/09/13(火)
Walkin’About @ 洛西口


さて、次回のWalkin'Aboutでは、洛西口駅周辺を探ります。

自分が行きたい場所を訪ねるまちあるき「Walkin’About @
洛西口」
開催日:2022年9月24日(土)
集合時間・場所 14:00 @阪急京都線洛西口駅改札
再集合時間・場所 16:00 @同上 

 洛西口駅は、京都市西京区と向日市の境に位置しています。現在の西京区や右京区を含む地域には古来より渡来系の一族である秦氏が居住し、平安時代には桂女という女性の商人が洛中に行商を行っていました。江戸時代には山陰街道が、現在の西京区域を横断するように敷かれ、沿道の桂、樫原、大枝は宿場町として栄えました。
 終戦翌年の1946年、東向日駅−桂駅間に物集女(もずめ)駅が設置されました。戦時中には駅東側一帯の農地に建てられた軍需工場(現陸上自衛隊桂駐屯地・京都府立桂高等学校など)の最寄り駅として新設されましたが、開業時にはすでに終戦を迎えており、2年で廃止されています。
 その後、桂駅周辺の道路事情と地域の再開発にあわせて、2003年に阪急洛西口駅が開業しました。2008年には約600メートル東にJR桂川駅がオープン。駅南西のキリンビール京都工場跡地にはイオンモール京都桂川を中心に教育研修施設、店舗施設、マンション等が建設されました。洛西口駅付近の高架下空間には約1kmにわたる複合エリア「TauT阪急洛西口」が誕生。そして洛西口駅西側エリアでは現在、ホテルを含む複合商業施設を誘致する計画が進められています。

 今回はこの街を、みなさんの視点で切り取っていただきます。
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 “Walkin’About”は、参加者の方々に思い思いのコースをたどっていただく“まちあるき”です。
参加者の方々は、集合場所でエリアについての説明を受けたあと解散。約90分後に再び集合いただき、それぞれの見聞や体験をシェアします。

【主催・お問い合わせ】大阪ガスネットワーク(株) 都市魅力研究室  担当:山納  Tel 06-6205-2366  http://www.toshimiryoku.jp


2022/09/10(土)
大谷茶屋の進捗


今日は芦屋ロックガーデン・大谷茶屋での作業。
芦屋市環境処理センターに軽トラで3往復し、
500kgほどごみを捨てました。
まだ作業は続くのですが、こんな感じで
そろそろ集まって喋ったり呑んだりできそうです。

写真に見える通り、大谷茶屋の母屋の1階には
花崗岩の崖が露出していて、2階の柱の何本かは
この崖の上に乗っています。
左側にはコンクリートやモルタルで壁を作っていますが、
もともとの木の柱が朽ちていて、そこから水が浸み込む、
というのが目下の課題です。もしこの記事を読んでいる方で
止水技術に詳しい方がおられたら、知恵をお貸しください!

六甲山カフェ https://www.facebook.com/rokkosancafe


2022/09/06(火)
『新しい涙』という作品


豊岡市民プラザ「市民演劇プロジェクト2022」
「新しい涙」(作 ごまのはえ 演出 内藤裕敬)
の上演が、ぶじ終わりました。

豊岡でしか上演されておらず、
この作品を観られた方は数百人しかいないので、
どういう作品だったかを、ここに書いておきます。

劇団ニットキャップシアター・ごまのはえさんは、
豊岡で作品の題材を探すうちに、旧制豊岡中学での
甲種予科練習生(予科練)志願者の戦後の復学
という史実に出会いました。

昭和18年、戦況もしだいに押され気味になった日本では、
全国の中学生に対して、甲種予科練習生(予科練)の募集に
協力するように要請がだされました。
豊岡中学でも生徒達を前に当時の校長がこう言ったそうです。

「諸君!聞き給え!この国家危急存亡のとき、
 わが中学校では、この国難に殉ずる者の一名だに
 出ていないということは、われわれ教育者が
 平素なにを教育してきたか疑わしい限り、慙愧に堪えない。
 この際諸君に訴える。目下国家では、甲種予科訓練生の
 大募集が展開されておる。これに全員志願する気概を持って臨んでほしい」

この発言もあり、年齢が該当する四年生の全員が
志願を希望しましたが、身体の弱い者や、別の軍事訓練を
受験する予定がある者は省かれ、120名が予科練を受験し、
内57名(甲種49名・乙種8名)が合格しました。
彼らは特攻隊員として出撃を待ちましたが、
終戦により、幸いにも全員が帰郷できました。

戦後中学では彼らに復学を呼びかけましたが、
学校や社会に対する不信感から、それを拒む人もいたそうです。

この史実をもとに、ごまさんが描いたのは、
中学の寮の大部屋の天井裏に「天国荘」という
秘密のアジールを共有していた学生たちの物語です。

彼らは校長の呼びかけに応じて予科練志願し、
合格して海軍航空隊でのシゴキに耐え、
飛行訓練を経て、B29への特攻指令を受けたり
訓練中に船に魚雷が命中し自分だけ助かったり、
敵機の襲撃を受けつつも生き延びたり、
上陸した敵の車両に爆弾を持って体当たりする訓練や
人間魚雷として敵艦に突入する訓練を続けていました。
予科練に行けず、生野鉱山に学徒動員された学生たちも、
次には自分たちの番がやって来ると覚悟を決めていました。

彼らは終戦によって、命を失うことなく帰還しましたが、
生き残ったことに後ろめたい気持ちを覚え、
神社の宝刀を集めて決起を図ろうとします。
まだ20歳にもならない若さで戦争に巻き込まれ、
心の置き所を見失ってしまった学生たちの葛藤を
中原中也の『サーカス』に託して表現しています。

ごまさんの書いた戯曲は、上演すると2時間半あり、
今回は市民演劇公演で、稽古期間も限られたことから
半分ほどの時間で舞台化されたのですが、
多くの観客の心に突き刺さる作品に仕上がっていました。
今後作品のフルバージョンが多くの方に届くことを
期待し続けたいと思います。

*ちなみにごまさんたちは、9/24,25には
 「リーディング公演『豊岡物語2022』」を
 豊岡市民プラザで上演されます。
 https://toyooka-theaterfestival.jp/program-event/4655/


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