過去の日記 44

2009/11/16(月)
KAMERAOKE 4







「KAMERAOKE」という写真展示会を主催する
Danyk(ダニック)さんから、第4回目を
11/29(日)夜、心斎橋”Zerro”でやります
との案内をいただきました。

Zerro Bar
Queen's Court Bldg. 1F, 2-3-2 Shinsaibashi-suji
Chuo-ku, Osaka Kansai - Osaka
Tel: 06-6211-0439

「KAMERAOKE」は、関西在住の外国人
Danykさんが2004年にスタートした
国籍に関係なく誰でも参加できる写真展です。

それぞれの視点から切り取った身近な生活や
風景の写真を投稿して、当日会場に集まった
人たちが投票するというスタイルです。

Danykさんは、
「この写真展を、日本人と外国人のアーティストが
 もっと出会える場にしていきたい」と語っています。

今回のサイトは、近日中にここに立ち上がるそうです。
http://groups.to/kameraoke/

そして過去2回の出展作品と会場の風景は
こちらで見ることができます。
http://www.fotoworkz.com/kameraoke/#null

興味ありましたら、ぜひ足をお運びください。

僕も在日外国人にアンケートをする仕事があるので
会場を動き回っていると思います。


2009/11/15(日)
描いてみて見える地平








この週末には体調を整えようとよく寝てみましたが
逆にごまかしていた風邪が表面化してしまいました。
寝週末。


さて、最近思い出したように、絵を描いています。

これは“デザイン”というものを
もう一度根本的に考え直してみようという
個人的キャンペーンのようなものです。

原研哉さんが本の中で、デザイン会社に勤めだして、
女性の下着のデザインをすることになり、
あらためてクロッキー教室に通い裸婦デッサンをした。
そうすることで、自分の中に浮かんだものを
形にして出してみることに衒いがなくなった
ということを書いておられて
それを一度やってみようと思ったわけです。

罫線のないノートと鉛筆を買ってきて、
実物のデッサンみたいなことをしたり
面白いと思ったイラストや広告などを
短い時間で模写してみたりしています。

ここのところ本を読み、文字で情報を受け取る
ことばかりをしていたので、この作業が新鮮です。
いかに物を見ているようで見ていなかったのかを
再認識しています。

この、作り手の作為に「気づく」という営みは
新たに何かをデザイン=企画するにあたって
貴重な財産になりそうです。

それとともに、これまでの博覧強記的活動を
“情報のデザイン”という次元で
再編集してみたいと考えるようになりました。

といっても、アウトプットはまだまだ先で
しばらくは本を読んだり絵を描いたりを
続けていくだけだと思いますが。


2009/11/11(水)
「ゆずりかご」と「ゆずりまいり」と「OCC!」








何週間かぶりに、仕事場メールの受信トレイが
空になりました。お返事できていなかったみなさま
お待たせしてすみませんでした...

今、一時的に余裕を取り戻しています。
そのすきに細かい報告を。


■「ゆずりかご」と「ゆずりまいり」
 
 コモンカフェと六甲山カフェに現在
 譲っていいものを入れていただく「ゆずりかご」を
 置いています。

 時々ものが増えたり減ったりするのが、いい感じです。

 11/23(祝)14:00〜、扇町公園で「ゆずりまいり」をやります。
 http://www.talkin-about.com/cafelog/?itemid=955
 
 もしお時間と譲っていいものがありましたら
 足をお運びください。僕は前回流した
 DVDレコーダーを、今度こそお譲りします。


■扇町クリエイティブカレッジ!(OCC!)

 なかなかご報告できていませんが、健在です。

 昨日は尼崎南部再生研究室の若狭さん・綱本さんに
 尼崎南部のまち活性化の歩みについて
 お話しいただきました。

 「メイドイン・アマガサキ・ブランド」の事業について

 「こういう企画は誰でも思いつくもの。
  でもそれをフルテンションでやる人はいないから
  注目してもらえるのだと思う。」

 と若狭さんが答えたのが、印象的でした。

 近々は、

 11/13(金)近藤雄生さん「旅を仕事にしよう」
 11/16(月) 石原正一さん「石原正一のヨミすぎ!〜古今東西名作朗読会〜」
 11/20(金)玉井恵里子さん「実践!タピエ流『目憶力』の鍛え方 〜北欧レポート編〜」
 11/24(火)椎野佳奈「ゲストハウスを始めたい人のために」

 と続いていきます。
 http://www.talkin-about.com/occ/

 お時間ありましたら、どうぞ。


2009/11/08(日)
歴史を語る語り口を語る
原研哉・阿部雅世対談「なぜデザインなのか。」に
歴史を学ぶことについて言及したくだりがあります。

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阿部 ところで、原さんは、集中力がすごそうですね。こうしてお話ししている間も、時々、くくっと自分の世界に入っちゃう。

原 入るときはね。でも最近気づいたんですけど、あることをずうっと考え続けているうちに、一気に分かる時が来る。過冷却って現象があるでしょう。零度以下になっても水が凍らなくてマイナス何度かの水として持続する状態。それが音とか、何か物理的な衝撃を受けた拍子にバシッと一気に凍っちゃうという現象です。何かがわかるというのも、これに似ていると思うんです。

西洋の歴史とか、日本の歴史とか、茶の湯の系譜とか、デザインの歴史とか。昔から歴史の授業は嫌いだったんですが、最近は少し変わってきた。歴史を読んだり聞いたりして辿っていくうちに、何かの仕組みというか道筋がびしっとした過冷却現象みたいに見える時があって、そうするともう忘れませんね。「わかる」ということが頭の中で一回成立するとね。

阿部 疑問の形にすらなっていない小さな「?」が、蓄積されて満期になると、ある時突然・・・

原 そうそう、だんだんわかるのではなく、わかる時は一気にわかる。
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臨界点に至るまでに一定の蓄積が必要で、
その先に一気に愉楽に辿り着く類のものは、
そこに到達した人とまだの人とで
「好き/嫌い」が峻別される傾向にあります。

歴史も確かに、そういうものですね。


さて、来る11/17(火)に、中崎町サロン文化大学にて
「荒野をゆく vol.2 歴史を語る語り口を語る」をやります。
http://nakazakicho-u.blogspot.com/2009/10/091117vol2.html

今回は、以下の書籍から歴史について語る語り口を
サンプリングして、物語としての、愉楽としての歴史を
考える視座を提示してみます。

 河合敦「目からウロコの日本史」PHP文庫 
 小和田哲男「この一冊で日本の歴史がわかる」三笠書房 
 小林秀雄「考えるヒント」文春文庫 
 網野善彦「日本とは何か」講談社学術文庫 
 松岡正剛「日本という方法 〜おもかげ・うつろいの文化〜」NHKブックス 
 内田樹「街場の中国論」ミシマ社
 司馬遼太郎「街道をゆく3 肥薩のみち」朝日文芸文庫 
 原研哉・阿部雅世対談「なぜデザインなのか。」平凡社

そんなことに興味がありましたら、お越しください。


2009/11/07(土)
フライング的近況報告
自分の立ち位置を変えようとしている時には
なかなか筆が進まないものですね。

ひとつ、フライング気味にお伝えします。
来年の4月以降、僕は居場所を変えることにします。
会社ではなく、仕事場を。

文化をミッションにした大きな組織にいれば
より世の中に役立つことができるかと思い
3年半ほど身を置いてきたのですが
日々下らない事柄に巻き込まれることが多く
正直疲弊してきます。

疲弊するだけなら「それでも頑張ろう」でいいのですが
自分の感度が落ちてくるとか、誰かに声をかけたときに
結局「ごめん」と謝らないといけなくなるとか
それは違うと思うものを世に出さないといけなくなるとか
そういう局面が増えてくると、そろそろ無理かなと。

「英語がペラペラになる」「博覧強記になる」
この3年ほどの間にそういう目標を掲げてきたのは
自分がソロで立っていける基礎体力をつけるということで
そういう研鑽をするには、理想的な環境でした。

最終的にはディレッタントとして知識を貯め込むよりは
それを編集して出力する方に関心を持っているので
そのクオリティを問われる場に身を置いた方がいい
そう感じています。

今の組織にいる、本当の大きな理由は
「その方がコモンカフェの運営に都合がいい」
ということなのですが、とはいえ今の状況は
ぬるま湯に浸かっているだけなのではと。

この選択は諸刃の剣というやつで
基本的には、一介のサラリーマンに戻るという話です。
それでも何かしらをなし得るかということを
研究していこうと思っています。


2009/11/03(火)
街場の奈良論









さいきんいろんなお仕事を頼まれます。

関西の魅力を外国人観光客に伝えるための
アンケートとモデルコースをつくる仕事
来年開催されるコレクションの企画委員
働き方について中学校でしゃべる仕事
などなど。

専門でなくても、そこから見聞が広まるのが
面白いのでたいてい受けてしまうのです。

が、今度の仕事はちょっと緊張します。


 奈良県立図書館創立100周年記念 奈良を考える
 〜図書情報館から考える3日間〜

 11月21日(土)
 記念フォーラム「街場としての奈良を考える」

 ゲスト:江 弘毅(140B取締役編集責任者)
     辻 大介(大阪大学大学院 人間科学研究科 准教授)
     久保田説子(クボタ・ライティングオフィス代表)
 ファシリテーター:山納 洋(大阪21世紀協会チーフプロデューサー)
http://eventinformation.blog116.fc2.com/blog-entry-281.html

実際奈良に詳しいわけではないので
奈良に関する本を読んだり
奈良方面の人に話を聞いたり
実際に街を歩いて情報収集したりしています。

もし何か参考になりそうな情報がありましたら
ぜひぜひ、お教えください。

*ちなみに翌日11/22は内田樹さんの講演です。


2009/10/23(金)
喫茶店入門(最終回)
今日の「平日開店ミシマガジン」に
「喫茶店入門」の最終回を掲載いただきました。
http://www.mishimaga.com/kissa-guide/index.html

今の時代にお店を出すにあたっての
クオリティを高めて、選ばれるお店になるという道筋と
ライフスタイルの一部としてお店に関わるという道筋とを
コモンカフェ的なあり方とからめてまとめました。

今回の全8回の連載は、すでに書き上げていた
本の原稿の一部を再編集したものです。
出版の話はまだこれからで、ちょっと時間がかかりそう。

喫茶店やカフェをやりたい、という人に
伝えておきたいことのエッセンスは
この8回に集約していますので
関心がありましたら、またご覧ください。


2009/10/22(木)
阿波をゆく(最終回)







18日(日)の朝早くに、眉山に上がりました。
ロープウェイが動いていない時間なので、徒歩で。
麓から30分ちょっとで山頂まで行けますが
行程は完全な登山道でした。

市街地に接するように聳える山の麓を
神社仏閣が取り囲むように集積していて
神奈備としてのこの山のありようが分かります。

山上まで上がると、徳島市街から吉野川
瀬戸内海までを望むことができます。
もちろん「眉山」のロケ地でもあります。


阿波の国は、室町・戦国時代には
京都と密接なつながりを持っていました。

足利将軍を補佐した三管領の一つ、細川家は
阿波の守護を兼ね、その家臣であった三好長慶は
細川晴元と将軍・足利義輝を近江に追放し
将軍を傀儡として実権を掌握し、畿内を支配しました。

この時期に、経済力を蓄えた京の町衆の間では
「風流踊り」が大流行していました。

群衆が奇抜な服装で集まり、エネルギーを爆発させて
踊るスタイルは、その後全国に伝わりました。
盆踊りのルーツは、風流踊りにあると言われています。

そしておそらくは、阿波に伝わり
この地に阿波踊りを生み出したのでしょう。

帰りのバスの中から望む、眉山。

この山に思いを馳せることで見えてきたものを
星座のようにつなげてみたいと思い
長い日記を書いてみました。

おわり。


2009/10/22(木)
阿波をゆく(4)







18日(日)は朝から、犬飼の農村舞台へ。

市の中心部から車で30分程行ったところにある
八多町の五王神社の境内に明治初年に建てられた
この舞台では、地元の若連による地芝居や、
人形座を招いての人形浄瑠璃、氏子たちが
継承してきた「襖からくり」などを、神々に奉納してきました。

この村では、神輿や山車を出すのではなく、
芝居を奉納することが、豊作を祝うお祭りだったのです。

八多町では、低地では稲作、傾斜地ではミカン栽培、
山地では林業を営んできました。昭和30年代頃までは
経済的にとても豊かで、その富と余裕を背景に
地域コミュニティの拠り所としての農村舞台が
維持、継承されてきました。

今ではその文脈は若干変わってきていて
担い手は地域全体から、有志による保存会となり
平成10年に国の重要有形民俗文化財に指定されたことで
行政からの補助を受けて維持される形になっています。
そして後継者問題が、一番の課題になっています。

このあたり、全国各地に残る伝統芸能が
共通して抱えるジレンマのようです。


阿波には「傾城阿波の鳴門」という
ご当地モノの浄瑠璃作品があります。
近松半二、竹田文吉らの合作といわれていますが
徳島では今でも「鶴の恩返し」ぐらいの認知度があります。

徳島藩のお家騒動に絡んで、阿波の十郎兵衛・お弓の夫婦は
主君の盗まれた刀を詮議するため、大阪玉造に盗賊銀十郎と
名を変え住んでいる。

そこへ巡礼姿の娘お鶴がはるばる徳島から父母を尋ねて来る。
お弓は我が子と分かるが、そこで親子の名乗りをしたのでは、
我が子にどんな災いが来るとも限らない。

お弓は涙を飲んで別れる。名残惜しげに見送るのだが、
ここで別れては今度いつ会えるか分からぬと追いかける。

お弓と別れたあと、十郎兵衛はお鶴と出会う。我が娘とは
知らない十郎兵衛は、金欲しさに我が子に手をかけ殺してしまう。


映画「眉山」の中に、娘・咲子が東京の病院に
まだ見ぬ父を訪ねるシーンがあります。
問診票の名前と生年月日を見て気付いた父は咲子に
「出身は?」と訪ね、咲子は「徳島です」と答えます。

このくだりが「傾城阿波の鳴門」の「順礼歌の段」を
下敷きにしているということに、見ていて気付きました。

犬飼の農村舞台のウリは、右写真の「襖からくり」。
132枚の襖に描かれた42景の景色・動物・花・文様などが
ローテクなギミックによって瞬時に入れ替わり
最後には千畳の座敷へと展開していきます。


2009/10/21(水)
阿波をゆく(3)
阿波の夜は、どんな気配を持っているのか?

眉山の東、富田町・栄町・鷹匠町あたりの
徳島市の飲み屋街、歓楽街を徘徊した末に
路地の奥に「祖谷そば」という看板を見つけました。

祖谷(いや)は、屋島の合戦に破れた平家の落人が
住んだという山間地で、祖谷川の断崖によって隔絶され
明治時代までは他の人里との交流をほとんど持たずに
続いてきた集落です。
今では大歩危・小歩危や祖谷温泉などとして
観光スポット化されつつありますが
住人の高齢化も進んでいます。

このお店のおかみさんの先代は祖谷の出身で
おかみさん自身は、眉山のふもとで育ったそうです。
このお店はもう、50年ほど続いています。

「祖谷はそばも名産なんですか?」と訪ねると
「祖谷はそばが名産なんです」と。

急峻な山間地には他に何も採れず、何も育たず、
ただそれだけで凌いできたという自負が、そこにはありました。

おかみさんは、基本的には無愛想で
聞かれたことには答えるといった感じですが
答え終わった後には独り、ニコッとした顔をします。

祖谷そばは、普通のそばに比べて太く短く
それは「つなぎ」が入っていないからなのだそう。
そばを頂いてからは彼女も徐々に心を開いてくれました。

 眉山は子どもの頃の遊び場だった。
 今は登らない。目の前にあるけど登らない。
 でもどこかに出かけて徳島に戻ってきたとき
 眉山が見えるとホッとする。


新町川のほとりに一軒ポツンとある焼き鳥屋台。

もともと焼き鳥屋をやっていた主人が店をつぶし
一年前からこの場所に屋台を出している。
主人は耳が悪く、注文はなかなか通じない。
ビニールシートの中には煙が充満し、目がしばしばする。
BGMには映画音楽のシャンソンが流れている。

主人の口癖は「ごめんよ」。
片付いていないお店、行き届かないサービスを謝る。
自分たちしか見えていないカップルが帰ると
「あいつら、イチャイチャしとったなあ」と独りごつ。
主人とのコミュニケーションはつねに不十分で
常連のおっちゃん、おばちゃんがそれを補う。

このお店がある種のポエジーを湛えているのは
埋められない溝を、みんなが少しずつの幻想を
共有することで超えようとしているからだろう。
眉山の麓で深酒をしながら、異床同夢の夜に
至福の時間を感じる。


阿波の夜は、そんな感じに更けていきました。


2009/10/20(火)
阿波をゆく(2)









徳島には、神社の境内に建てられた人形芝居の
農村舞台が、全国で最も多く残されています。

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平安時代の漂泊の民・傀儡師が始めた人形遣いが
人形浄瑠璃に発展したのは16世紀のこと。

西宮神社の戎舁(えびすかき)と呼ばれる人形遣いが
語り物の浄瑠璃と合流し、琉球から渡来した三味線を
伴奏に取り入れ、浄瑠璃芝居として興行するようになりました。
文化的コラボレーションの産物です。

人形浄瑠璃は京都や大坂で流行する一方で
神事として西宮から淡路島にも伝播し
その後この地に人形座が数多く興り
全国を回るようになります。
そして江戸時代に、阿波にも伝わります。

阿波藩は藍染という換金作物を持っていたことで潤い
吉野川沿いの村では、淡路から人形座を呼び楽しみました。
そこから外れた農村地域ではその経済力はなく
自分たちで農業の合い間に練習し
神社で人形浄瑠璃を奉納するようになりました。

そういうわけで、徳島には人形浄瑠璃という芸能が
今でも根付いているのです。

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徳島ではこの10月「ジョールリ100」と題した
人形浄瑠璃フェスティバルが開催されています。
http://joruri100.com/

17日(土)には、文楽座技芸員で、同フェスティバルの
コーディネーターでもある吉田勘緑さんのプロデュースで
UA、能役者、女義太夫とのコラボレーション公演が
行われていました。

 昔から奄美に伝わる唄を、島の言葉で唄うUA。
 その時彼女からは「私」が消えて、唄を伝えるシャーマンになる。
 
 浄瑠璃人形はそこで、情念の世界から解き放たれ
 自由に舞っている。

そんな感じの舞台でした。
 

吉田勘緑さんは、徳島県三好市の出身で
演劇を目指して早稲田大学に進みました。
http://www.katch.ne.jp/~kenyumekayo/purofi-ru.html

鈴木忠志氏率いる早稲田小劇場に憧れたものの
入学した年に彼らが利賀村に移ったために
やむなく断念したそうです。

勘緑さんとお話していると、彼のベースには
「文楽」「浄瑠璃」よりもまず「現代演劇」がある
ということが分かります。

 三人遣いの人形が現代に受け入れられるためには
 それが社会を映し、人の心を映すものでなければいけない
 そうでなければ、演劇じゃないと思う。


国立文楽劇場で人形遣いの修行を続けながら
伝統に甘んじず、今の時代に何ができるかを
探し続けてきたというのが彼の軌跡です。

地方に残された人形浄瑠璃の指導に当たり
故郷・徳島での伝統芸能保存の動きに歩みを
合わせつつ、現代演劇としての人形浄瑠璃を模索し
新たなコラボレーションの可能性を試し続ける。

「伝統芸能の継承と発展」という美辞麗句では
片付けられない困難性が、勘緑さんのお話から
いろいろと見えてきました。


2009/10/19(月)
阿波をゆく(1)









「眉山(びざん)」という映画があります。
http://bizan-movie.jp/index.html

徳島市の中心にある「眉山」を舞台に
余命わずかな母と娘の愛情、そして会ったことのなかった
父と母との切なく苦しい恋を描いた作品です。
原作はさだまさし氏、監督は犬童一心氏。

クライマックスでは阿波踊り当日の賑わいの中
ドラマが繰り広げられます。

さて、10/17(土)、18(日)と、徳島に行ってきました。

関西広域機構のおシゴトで「ジョールリ100」という
人形浄瑠璃フェスティバルの取材に行ったのですが
ついでに「眉山」的なものを探してウロウロしてきました。

駅前のポストの上には、阿波踊り人形が踊ります。


2009/10/19(月)
六甲山カフェの記事
「芦屋人」というホームページに
六甲山カフェの記事を載せていただきました。
http://www.ashiya-people.com/kuroobi/no20091016.php

記事にもあるように、現在六甲山カフェは
週末ごとに店主が入れ替わる形で
3組の店主が回しています。

僕もそのうち店主として入ろうかなと思っていて
おでんの研究をし始めています。


2009/10/17(土)
普通の人に必要な絵の描き方、とは?









昨日のOCC!鯵坂さんの講座のあとに
チャンキー松本さんがお店に寄ってくれました。
で、21(水)の講座の打ち合わせを。

「普通の人に必要な絵の描き方」。
http://www.talkin-about.com/occ/

告知文には「会議の資料に入れるイラスト」と
書いたりもしましたが、第一回目は
「自分の日々の行動を絵にしてみる」
というワークをやってみることになりました。

右のイラストは、チャンキーさんが打ち合わせながら
走り描きしたものです。
下のほうには「赤提灯の暖簾をくぐる」ところを
描いてみてくださいという僕のリクエストに
応えていただいたものです。
こんなのがすぐ描けるというのがすごいです。

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それと、19(月)には、瓜生さんと「海士町旅行記」をやります。
http://www.talkin-about.com/cafelog/?itemid=948

もしよろしければ、お越しください。


2009/10/16(金)
お店のコミュニケーション論
「喫茶店入門」の第7回目が、本日アップされました。
http://www.mishimaga.com/kissa-guide/index.html

ひとことで言うと「開いていて閉じているお店のあり方」
といった話です。

次回は10/23(金)。最終回です。


2009/10/09(金)
お店の立地論と脱立地論、そしていくつかの告知









本日のミシマガジンに、「喫茶店入門」の
第6回を掲載いただきました。
http://www.mishimaga.com/kissa-guide/006.html

お店の立地論と脱立地論。
お店の立地には必然があったということと
その文脈に関係なく山の中にカフェができる現在
ということを書いています。

実際の本の原稿では、繁華街・オフィス街・学生街・
商店街・住宅街・郊外のそれぞれについて考察していて
それをはしょっているので薄いかも知れませんが...

その他、告知を3つ。

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10/19(月)19:30〜「海士町旅行記」@common cafe 参加無料
http://www.talkin-about.com/cafelog/?itemid=948

今年の夏に島根県隠岐・海士町(あまちょう)に
1ヶ月滞在した瓜生さんと、5月に3日滞在した僕とで
海士町の思い出話をします。

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11/17(火)19:30〜「荒野をゆく」vol.2「歴史を語る語り口を語る」
@中崎町サロン文化大学 受講料:1000円

http://nakazakicho-u.blogspot.com/

退屈だった授業の記憶をリセットして、物語としての、
愉楽としての歴史を再発見するための実験ワークショップです。
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11/23(月・祝)14:00「ゆずりまいり」@扇町公園 参加無料

「ゆずりまいり」を街でやるとどうなるのかを
一度実験してみたいと思い開催いたします。

「自分にはもう必要ないけれど、きっと誰かの役に立つもの」
を持って、首からスプーンを提げて、扇町公園の丘の上に
お集まりください。
僕は、前回結局流したDVDレコーダーなどを持ち込みます。

終了後はそのままそこで「扇町キャンプ」をしようと思っています。


2009/10/08(木)
シングルズ・チルドレン
ヨーロッパ企画のメンバーが
「カフェ・ド・念力」という喫茶店を
京都三条・御幸町ではじめたそうです。
http://www.europe-kikaku.com/projects/e28/cafe.htm

ヨーロッパ企画の新作映画&舞台「曲がれ!スプーン」の
舞台になるのがこの喫茶店なんだそうで、
3ヶ月間の期間限定で運営されるそうです。
ぜひお店がある間に訪ねてみてください。

そういえば、ヨーロッパ企画のメンバーも
プロデューサーの吉田和睦さんも、かつては
「Common Bar SINGLES」に入っていたことがあります。
そのノウハウが、いくらか今回のプロジェクトに
活かされているのかも知れません。


先日神戸・本町のラフレアというカフェで
劇団ニコルソンズのメンバーが映画「悪夢のエレベーター」の
公開に合わせてイベントをやっていました。
木下半太さんの同名小説は26万部
シリーズを合わせると60万部売れているそうです。
http://www.akumu11.jp/

このお店の店長も、ニコルソンズのメンバーも
かつてはシングルズマスターだったことがあります。


また先日トークセッションで一緒になった
アーティストの淀川テクニックのお二人も
シングルズに立って、ビール瓶に階段をつけると
どうなるだろう、電柱にはどうやって入れるだろうといった
妄想的アート談義を展開していました。


同じ時期に、同じ場所に居合わせていた人たちが
その後活動の場を広げたり、自分たちの場を作り出したり
という話を聞くと、嬉しくなります。
長く続けていると、そういうことも起こるようで。


僕はシングルズの運営から離れて、もう5年ほどになります。
今年7月には僕の後にお店を続けてきたメンバーが
営業を終えましたが、今はまた新しいメンバーが
日替わりマスターのバーとして続けています。
http://www.talkin-about.com/singles/schedule/webcal.cgi

きっとまたここから、いろんな人たちが出てくるんでしょうね。


2009/10/08(木)
仕組みのデザイン
昨晩は北浜の「中人(なかんちゅ)」へ。
水辺夜話は流れてしまいましたが
アーティストの藤浩志さん、キュレーターの雨森信さん、
そして21協会の古谷さん、松岡さんと
ビール飲みながら喋っていました。

藤さんは、コミュニケーションに関わるシステムを
自身の作品として提案するアーティストです。
http://www.geco.jp/top.htm

水都大阪2009では「かえっこ」というプログラムを提供しています。
子どもたちがいらなくなったおもちゃを持ってきて
それを自分が欲しいおもちゃを交換するというもので
そこに子ども通貨を持ち込んだり、運営を子どもに任せたりしています。
このプロジェクトはもう9年も続いていて
全国で「かえっこ」の動きが起こっているそうです。

藤さんは1989年から、鹿児島でカフェ「E-space」を運営したり
93年にはギャラリー空間をバーに見立てた作品を提示したり
といったこともされています。

僕らがやってきたようなことを、もっと早くから、
しかもアーティストの「作品」として展開されているのです。

アーティストが美術館や画廊のホワイトキューブ空間を出て
街で作品を提示する「アートプロジェクト」が積極的に
展開されるようになってきたのは90年代以降のことです。

最初の頃は蔡国強さんが火薬の作品を屋外で作る
というように、アーティスト軸の作品制作を
市民が手伝うというイメージだったのですが
近年は市民がかかわることで作品が多様性をみせるとか
人と人との関係性を作り出す仕組みをデザインすること自体を
アーティストの作品として提示する、という動きが
主流になってきています。

水都大阪2009は、そういう風に見るとよく分かります。
街に出ることを選んだアーティスト達の百人百様。


藤さんと喋ってみて、あらためて思います。
自分がいなくても回る、広がっていく
感染力の強い仕組みを提案することは表現活動で
そういうことを僕らも目指していたんだなと。

台風のおかげで、いい夜を過ごせました。
来られなかったみなさま、ごめんなさい。


2009/10/06(火)
「水都大阪2009どうだったの?」対談。






さて、台風が近づいていますね。
なので飛ぶ可能性も高いのですが
明日こんなセッションのファシリテーターをやります。

●水辺夜話 第五夜 テーマ
 「大阪とアート −52日間を過ごしたアーティストのヒソヒソ話−」

【ゲスト】
 土谷 享(アーティスト/KOSUGE1-16)
 藤 浩志(アーティスト)
 ※ファシリテーター 山納洋

【概要】
 日にち:10月7日(水)
 時間:19:00-20:30(開場:18:30から)
 場所:文化座劇場(中之島公園会場/水辺の文化座内)

詳細はこちらを。中止になったらごめんなさい。
http://www.suito-osaka2009.net/bunkaza/?eid=30
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<10/7記>
ということで、このイベント、やはり中止になりました。
延期ではなく、中止だそうです。

7日開催のイベントが、6日に告知開始で、6日に中止が決まる。
これは浮かばれないなと、追悼の意味で告知してみました。
幻のイベント、ですね。


2009/10/04(日)
histoire(イストワール)
ということで、昨日の水辺夜話では
「河の雅と俗−水辺の持つ力、その魅力−」というテーマで
小説家のいしいしんじさん、都市社会学者の山田創平さん、
アーティストの淀川テクニックのお二人にお話しいただきました。

本番ではテーマを「水辺で妄想する」と読み替えて
大阪・天満橋界隈の地理・歴史的文脈の話から
淀川テクニックによる淀川フィールドワーク報告
水辺に胚胎するもの、水辺からインスパイアされるもの
といった話をみなさんに展開いただきました。

だいぶ値打ちのあるセッションになっていたと思いますが
その全容はここではカットいたします。

ただ一つだけ。

いしいしんじさんに、ご自身が書かれる寓話的な小説
例えば山の中に化学工場があり、そこに一軒の
プラネタリウムがあるといった、特定の国や地域に
イメージを限定されない場所での物語を紡ぐという作業は
このあたりが昔渡辺津と呼ばれ、淀川の河口に位置する
港町で京都にも熊野にもつながっていたというところから
妄想するという作業とは真逆の方向に思えるのですが
そのあたり、いかがでしょう?という投げかけをしました。

いしいさんは、

 固有名詞を並べることだけが、歴史ではありません。

 物語を紡ぎ出すということは、
 昔あったことに想いを馳せ、その時代の空気を感じ、
 そういう場所がここにあると信じて、登場人物の声に
 耳を傾けて、それを自分を通して伝える作業です。

 フランス語のhistoire(イストワール)には
 「歴史」という意味と「物語」という意味があります。
 それらはつまり同じところにあるものなのです。
 
という意味のことをおっしゃいました。

今年一番の「なるほど!」でした。


2009/10/03(土)
歴史と妄想の虚実皮膜
司馬遼太郎氏の「街道をゆく」の中に
薩摩川内市にある「大島馬場」という一角について
こんなくだりが出てきます。


この大島馬場は、すでに過疎的風景になっている。一軒の家は、ちょっとハイカラな石塀であった。門にトビラがなかった。なかをのぞくと、草の上に明治風の木造洋館が建っていた。あるいは何代か前の当主が上京して明治政府の官員にでもなり、八字ヒゲをはやして羽ぶりがよかったのか、と想像したりした。その当主が明治三十年ぐらいに故郷の屋敷を建てかえて流行の木造洋館にしたのであろうかと思ったりする。

さらに想像をめぐらすと、その明治官員の子はむろん東京うまれであろうか。一橋の高商でも出て銀行員にでもなったであろう。正銀のロンドン支店の次席ぐらいを最後に停年になり、昭和初年ぐらいにこの亡父が建てた木造洋館を補修し、薔薇などを植えて余生を送ったかもしれない。剥落したペンキに、かつての色の層が出ている。最初は暗緑色であったらしいのが、そのあとは肉色に変わったようである。さらにその子は東京に残り、学問でもしたかもしれず、あるいは太平洋戦争で戦死したかもしれない。四代目は故郷の屋敷の面倒など見きれなくなり、もう二十年も風雨に曝したままになっている。

屋根は傾き、外壁が朽ち、窓ガラスもなくて、門を入ったところから内部のすべてが見える。扉(とぼそ)落チテ月常住ノ灯(ともしび)ヲカカグ、といった風情で、この荒れ屋敷を舞台にして戯曲でも書けそうな感じであり、あるいはわざわざ戯曲などに書かれなくとも、この荒れ屋敷そのものがなにごとかを雄弁に物語っているようでもある。


荒れ果てた木造洋館を前にして
司馬さんが発揮する妄想力には
物語作家としての業のようなものが窺えます。
そしてこの妄想は、彼が持つ圧倒的な歴史的知識に
裏打ちされ、それが現実ではなかろうかと思わせる
説得力を持っています。


現実との接点を希薄化した寓話としての物語と
現実から始めてどこかから離陸するフィクション。
虚から始まってリアリティを持つという道筋と
実から始まって等身大を超えていくという道筋。

そういう話を、今日の水辺夜話で振ってみたいと思っています。


2009/09/30(水)
ナカノシマ大学キックオフと水辺夜話
さて、明日の話ですが、中之島の中央公会堂で
ナカノシマ大学のキックオフ記念セミナーが行われます。
http://www.nakanoshima-univ.com/kickoff_university.html

パネリストはこの方々。
 鷲田 清一  大阪大学総長
 内田 樹  神戸女学院大学教授
 釈 徹宗  浄土真宗本願寺派住職
 平松 邦夫  大阪市長

僕は趣旨説明をするために、最初だけ舞台に出ます。
もう500名近く集まっていますが、まだ予約いけるそうです。
興味ありましたら、どうぞお越しください。


10/3(土)には、水都大阪2009の企画「水辺夜話」。
http://www.suito-osaka2009.net/bunkaza/?eid=26

ゲストはこの方々。
 いしいしんじ  小説家
 山田創平  都市社会学者
 淀川テクニック  アーティスト

僕はファシリテーター役だそうです。
いしいしんじさんの小説を今大急ぎで読んでいます。

10/7(水)にも「水辺夜話」のファシリテーター役をしますが
この日のゲストはアーティストの藤浩志さんと
KOSUGE1-16さんだそうです。

こちらの方も、お時間ありましたら。


2009/09/25(金)
「やりたいこと」と「やってほしいこと」






何だか必殺に忙しい日々を送っています。
なのに夜中に「かもめ食堂」を観ました。
もう一度観たい、いい映画です。

今日の「ミシマガジン」では
「喫茶店入門」の第5回を載せていただきました。
http://www.mishimaga.com/kissa-guide/005.html

「かもめ食堂」と少しリンクする話です。


2009/09/17(木)
なぜこのお店は持っているのか?
平日開店ミシマガジンの本日号に
「喫茶店入門」の第4回を掲載いただきました。
http://www.mishimaga.com/kissa-guide/004.html

この日記で3年半前に書いていた
「売らなくてもいいお店のつくりかた」の
集大成のような話です。
(2006年1月14日、過去の日記26)


2009/09/12(土)
これだけは譲れるもの









今ぼくの手元に、1台の中古DVDレコーダーがあります。
http://ctlg.panasonic.jp/product/info.do?pg=04&hb=DMR-EX100

パナソニックが4年前に出したもので、現在は生産中止。
ブルーレイ対応機を買い、これを使わなくなった
父親から譲り受けたものです。
でも今の僕には、必要ありません。

ヤフオクを見ても、価格comを見ても出ていません。
きっと「売り物」としての旬を過ぎているのでしょう。
技術革新とは恐ろしいものですね。


で、3週間後に迫ってきた次回の「ゆずりまいり」に、
このDVDレコーダーを持ち込んで、大いに譲ってみようかと。


六甲山イベント「ゆずりまいり」
 日時:平成21年10月4日(日)14:00〜
 開催場所:芦屋ロックガーデン 高座の滝
      芦屋市山芦屋町:阪急芦屋川駅より歩25分
 http://www.talkin-about.com/cafelog/?itemid=930


ということで、このイベント、または
このDVDレコーダーに興味あるというみなさま、
「これだけは譲れるもの」を持って、
10月4日(日)に高座の滝までお越しください。


2009/09/10(木)
いまの時代にお店をはじめるということは?
「平日開店ミシマガジン」の本日号に
「喫茶店入門」の第3回を掲載いただきました。
http://www.mishimaga.com/kissa-guide/003.html

日本の喫茶店の120年の歴史を振り返ってみると、
それが西洋文化に憧れた店主のロマンに始まり、
儲かるソロバンの時代を経験し、それが衰退した後に、
再びロマンの時代に回帰している、ということを書いています。


2009/09/09(水)
ステッピン
「ステッピン」という技が、ブレイキングにあります。
片手で逆立ちしながら、足を宙に蹴り上げて
その体勢を維持しつづけるというものです。

僕が若いときにはなかった技ですが
最近の若い子の中ではスタンダードになりつつあります。

ナイナイの岡村がキリン「ヌーダ」のCMの中でやっていて
最初見たときにはびっくりしました。
この映像の最後に出てきます。
http://www.youtube.com/watch?v=vN9Ui4OsLZk&feature=related
ちょっと無理矢理っぽくも見えます。

でも、おそらく世界で一番すごいのは
大阪のブレイキンチーム「mortal combat」のjujuです。
片手倒立〜ステッピン〜肘倒立〜足抜きと自由自在です。
http://www.youtube.com/watch?v=Wv_p3YREhDM

で、いまさらながら、体が動く間に
この「ステッピン」をやりたいと思い
最近逆立ちの練習をしています。

逆立ちってコツがありますね。
手のひらの掌底の部分で地面を押す
感じがつかめると、続きます。
最近は20秒もつようになりました。

で、「ダンスディライト」を主宰する
日本のブレイキング界のカリスマ
マシーン原田さんにメールでそう伝えると
「1分よろしく」と返ってきました。

そしてそれから片手、です。
まだまだ先は長い...


2009/09/07(月)
cafe milletの休業について
毎週火・水曜昼にコモンカフェに入っている
「cafe millet」の隅岡樹里さんが
怪我のために、しばらく休業することになりました。
(犬の散歩中に、足の骨を折ったそうです。)

歩けるようになるまで2ヶ月ほどかかるそうで
火・水曜昼は、当面の間「kitchen macridoo」の
瓜生良江さんに、入っていただくことになりました。
つまり火・水・木曜が「kitchen macridoo」となります。

あらかじめ、ご承知ください。


2009/09/04(金)
西村佳哲さんの新著が







いよいよ出るようですね。

自分をいかして生きる」バジリコ出版 (2009/9/17)

これはみなさん、ぜひご予約ください。


*西村さんのブログより
 http://www.livingworld.net/nish-blog/090515_sense/


2009/09/03(木)
なぜお店をやめてしまうのか?
今日の「平日開店ミシマガジン」に
喫茶店入門の第2回を載せていただきました。
http://www.mishimaga.com/kissa-guide/002.html

今回のタイトルは「なぜお店をやめてしまうのか?」。

実際にお店を閉めた人は、単純に儲からなかったから
という理由で閉店の決断をしたわけではない
ということを書いています。


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