過去の日記 40

2009/01/29(木)
推敲に推敲を
「カフェをやりたい人に伝えたいこと」の原稿が
ようやく書き上がりました。

「売らなくてもいいお店のつくりかた」構想から4年。

その間に「コモンカフェ」の本が先に出版され
カフェ開業セミナーを何回も経験させていただき
ずいぶんいろんなお店を巡り、本や雑誌を渉猟して
当初のイメージからずいぶん広がりました。

実際に原稿を書き始めてからは、1年近く。
その間に文章を書いたり編んだりする感覚が
研ぎ澄まされてきたのですが、そのことで
最初の頃に書いた原稿に違和感を覚えるようになり
今は推敲を重ねています。
サンドペーパーがけをしているような感じです。

来週ぐらいにはその作業も終えて
いよいよ出版社の方とご相談しようと思っています。

出版社の方には、まだ目次しかお見せしていないので
タイトルや内容はまだ変わる可能性がありますが
現時点の目次を以下にご紹介します。

また進捗は、この日記ででも。

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「カフェをやりたい人に伝えておきたいこと」

 はじめに 

1.なぜお店を閉めてしまうのか?
 ・お店をオープンしてから思うこと ・忙しすぎること
 ・お客さんから受けるストレス ・共同経営が終わるとき
 ・物件をめぐる“想定外” ・近隣をめぐる“想定外”
 ・そこからは先に行けない店主 ・お店を始める覚悟

2.いまの時代にカフェをはじめるということは?
 ・日本で最初にできた喫茶店 ・喫茶店が定着するまで
 ・五百圓でできた喫茶店 ・喫茶店が儲かった時代 
 ・外食需要の拡大と資本の進出 ・喫茶店開業ブーム
 ・競争時代の到来 ・喫茶店以外のライバル
 ・チェーンコーヒーの登場 ・カフェバー・ブーム 
 ・喫茶店の凋落 ・カフェブームの到来 ・自己表現としてのカフェ
 ・いまの時代にカフェをはじめるということ

3.なぜこのお店は持っているのか?
 ・持ち物件での営業 ・余裕がある人のお店 
 ・開業費用をかけていないお店 ・副業としてのお店 
 ・同郷経営モデル ・同族経営モデル ・お店の外で売れるもの
 ・見えにくい収入源 ・誰にでも売らなくてもいいお店

4.お客さんのニーズはどこにある?
 ・小さなカフェに入れる? ・家の近くのカフェに入れる?
 ・日本の喫茶店はなぜ外から見えないのか? ・定食屋化する喫茶店 
 ・スナック化する喫茶店 ・カフェに入れない人たち 
 ・進歩的な私と保守的なお客さん ・やりたいこととやってほしいこと

5.なぜこのお店はここにあるのか?
 ・繁華街進出という冒険 ・オフィス街の生存競争 ・学生街の喫茶店 
 ・商店街の喫茶店 ・住宅街カフェの変遷 ・地方都市のカフェ立地
 ・ニーズ立地というもの ・街の文脈の変化 ・脱立地論モデル

6.お店のコミュニケーション論
 ・常連客商売というもの ・一見さんをお断りする哲学
 ・常連客商売の停滞論 ・情報誌とお店 ・メディアの変化とお店
 ・新しい人と出会うこと ・一見客と常連客が共存するためには?

7.いまの時代にカフェを成立させるために
 ・生き方としてのカフェ ・顧客満足度と店主満足度 
 ・今の時代に選ばれるということ ・お店を持たないという選択 
 ・常連客のススメ ・カフェをシェアするという発想 
 ・カフェの公共性

 おわりに 



2009/01/27(火)
わらしべ貿易









ある一人の貧乏人の男がお告げを受け
その後最初につかんだわらを持って歩き
飛んできたアブを先に結びつけると
泣いている男の子にせがまれてミカンと交換し
それをのどが渇いている人にせがまれて布と交換し
それを急いでいる侍が見捨てた馬と交換し
水を飲ませると元気になった馬に乗っていくと
大きな屋敷から出てきた主人に留守番を頼まれ
その代わりに馬をゆずりました。
主人は3年以内に自分が帰ってこなかったら
この屋敷は男のものだと言い、そのまま帰りませんでした。
そして男は屋敷に住み、裕福に暮らしていきました。

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昨日は岡本界隈のお店の人たちと
六甲山カフェの新展開を考えるべく
飲みながら話し合っていました(写真左)。

参加者は、ファームハウスカフェの正木夫妻
バケーションクラブ(雑貨屋)の宇宙君
アウトドアプロダクツの大釜君たち
六甲山カフェの船津さん、そして僕です。

そして浮かんだ企画が“わらしべ貿易”

参加者は何か交換してもいいものを持って
阪急岡本駅と、阪急芦屋川駅にそれぞれ集合。
そこからロックガーデン風吹岩(標高447m)を目指します(写真右)。

それからすぐそばの横池に移動して
持ってきたものをいろいろ交換します。
そして何が何に変わったのかを楽しむ
そんな趣向のイベントです。

開催予定は、4月11日(土)。
途中にある岡本ファームハウスカフェと
高座の滝の六甲山カフェでも貿易は行われる予定です。

詳細は追ってブログなどで告知いたしますが
みなさま、4月11日(土)は空けておいてください。

六甲山カフェの大事な企画は
だいたいこういう飲み会で決まるようです。


2009/01/26(月)
河村瑞賢と夢屋









「カムイ伝」の中に、夢屋七兵衛という人物が出てきます。

島抜けをして、江戸の乞食頭に拾われ、
精霊流しで川に流された野菜を集めて漬物を作り
大儲けをしてみせる。
江戸の大火を見越して、いち早く材木の買占めを計る。
そうした才覚を駆使して大商人となることで
武士すら果たしえなかった理想を実現しようとする
そんな人物です。

この夢屋のエピソードが、河村瑞賢という
江戸初期、西廻り航路・東廻り航路を開いたり
淀川の治水に取り組んだ人物の実話だった
ということを最近知りました。

和歌山の貧農の家に生まれ、13歳で江戸に出て、
車引きをしていた七兵衛は、その才覚を活かして
漬物屋、人足頭、材木屋、普請請負と
その仕事の幅を広げます。

彼はほかにも、断崖の中腹に用水路を通す、
四千貫もの釣鐘を鐘楼に掛けるといった難業を引き受け
人の考えも及ばぬ工夫で仕上げています。
その問題解決能力の高さが評価され、幕府や藩の仕事が
次々に彼のところに舞い込むようになる
そんな人だったようです。

元サントリー宣伝部の翻訳家・小説家の峯崎淳さんは
河村瑞賢の人生を「大欲」という小説にまとめています。
http://www.yurindo.co.jp/yurin/back/411_5.html

常識という固定観念を捨て、物事の本質を鋭く掴む。
現場のモチベーションを上げることで、成果を出す。
その力を、社会に役立つ大業に使う。
金儲けは、そのためにする。

だから「豪商」というよりも「偉人」として
後世に語り継がれたようです。

小説なので、フィクションを含んでいるのですが
このフィクションも含めて人生の指針にしたい
そう思える一冊でした。

アマゾンでは、中古がずいぶん値上がりしていますね...


2009/01/25(日)
ゲストハウスへの関心
大阪情報最前線というサイトの中では
上町にあるゲストハウス由苑の椎野さんに
「ゲストハウスからみえる大阪」という記事を
連載していただいています。
http://osaka21-blog.cocolog-nifty.com/the_front/2008/12/post-78cd.html

そして由苑に泊まった外国人旅行者の方に
大阪の紹介記事を書いてもらうという企画が
一つ形になりました。天保山界隈の紹介です。
http://osaka21-blog.cocolog-nifty.com/the_front/

記事を書いてくれたスコットさんは
納豆とごまの和え物と卵かけごはんが好きな
日本通の方のようですね。

大阪の宿に泊まった観光客が
大阪のおすすめスポットの記事を書くと
宿代が一泊タダになる、というシステムで
外国人による大阪紹介が集まる。

そういうねらいですが、書ける人はなかなかいないようです...

数年前にドミトリー計画と称して
中津のゲストハウスを訪ねたりしていましたが
コモンカフェのすぐ近くにもゲストハウスがあって
そこに泊まっている海外や日本の旅行者の人たちと
日々文化的交流が起こる、というcommon styleな展開が
できないものかと、改めて考えています。

ところで今日の夜のコモンカフェは「Reading Words」です。
http://www.talkin-about.com/cafelog/?itemid=816

英語でのポエトリーリーディング企画。
今日のお題は「colours(色)」です。
聞くだけでもOKですので、英語か詩に興味がある方は
またお越しください。


2009/01/23(金)
情報を伝える技術と受け取る技術
今発売中の「BRUTUS」の特集は「ブルータス大学開講」。

いとうせいこう、深澤直人、柴田元幸、黒沢清、宮沢章夫、
宇川直宏、西沢立衛、しりあがり寿、佐藤直樹、伊藤ガビン
といった錚々たるクリエイターの方々が、大学で教えている
講義のヒトコマが紹介されています。
http://magazineworld.jp/brutus/655/

特にいとうさんと宮沢さんの講義内容に、感銘を受けました。

いとうせいこうさんの話の中に、こんな話が出てきます。

ある日、松岡(正剛)さんにお目にかかった時に「いとうさん、編集って何だと思う?」って言われました。僕は「DJみたいに、情報を集めてくる作業じゃないですか」って答えた。すると、松岡さんは新たな質問をしてきました。「いとうさん、昨日は何してた?」って。例えば、僕の昨日のことを話すと、「好きなブランドのセールに10時頃に顔を出して、その後新幹線で近畿大学に来た。そして、ゼミの授業をやって、アシスタントと焼き肉屋へ。ホテルに帰った後にメールの整理をして寝た。」これが僕の昨日なんだけど、当時も同じような返答をした時に、松岡さんが「それが編集なんだよ」って言ったんだよね。24時間のうち、16時間活動していたとする。でも、さっきの僕の答えは、伝えるのに30秒もかかっていないでしょ。16時間の中から、重要で印象的な30秒分の出来事を選ぶ。その作業が編集っていうんだよね。これを聞いてなるほどって思ったことを覚えてる。


この話、とてもいいですね。

編集とはDJのようなサンプリング作業であり
そのままでは多すぎる情報を圧縮して解りやすくする作業。
そしてそれは誰でも日々やっていること。

ということですね。

新聞でも雑誌でもテレビでもインターネットでも
これだけ情報があふれてくると、自分が伝えたい情報は
なかなか届かなくなります。

その中で、伝えたい情報を伝える技術は
その重要性をますます増していきそうです。


今朝の朝日新聞の中に「海賊 若者のあこがれ」
という見出しが出てきます。
駒野欽一・エチオピア兼ジブチ大使のコメントです。

ソマリアでは海賊が最も女性にもてる存在になっている。
荒稼ぎした金で海岸の一等地に豪邸を建て
豪華な結婚式を挙げる様子が新聞や雑誌で取り上げられ
豊かな生活の象徴になっている。だから根本的な解決が難しい。

こういう情報は「へぇ」とともに、簡単に入ってきます。
そしてこの後には「ソマリア」「海賊」に関する情報が
以前よりも入りやすくなっているはずです。

学ぶっていうことは「強いて勉める」ことではなくて
入りやすい情報から入れて、そこにリンクする情報を
くっつけていくという、大きなジグソーパズルを
埋めていくような作業です。

そして情報を伝える技術は、情報を受け取る技術でもあります。

そういった話を、今日の大商大の最終講義でしました。


2009/01/21(水)
208というトキワ荘









この1月から、南森町にある「208」の
メンバーになってみました。

208は、大阪市北区南森町にある
クリエイター自主運営のオルタナティヴスペースです。
美術家、音楽家、映像作家、執筆家など
異なるジャンルのクリエイターが集まり、
各自のスタジオとして使用しながら、
定期的なトークサロン、ワークショップ、
勉強会などをおこなっています。

なんかトキワ荘っぽい匂いがしますね。

こちらにとりあえず1年間ほどご厄介になり
仕事をしたり、ショーケースに参加したりします。
近々には24(土)夜にショーケースがあります。

よろしければ、遊びにきてください。
本や音楽や映像のサロンなども
ここでやってみても面白いかと。


2009/01/20(火)
センター試験の味わい
新聞や雑誌などを読む時に、その中から最低一つ
「へぇ」「なるほど」と思える情報を見つけて覚える
というキャンペーンを、最近行っています。

入りやすい情報から入れて貯めていくと
それに近い情報が入りやすくなるという原理を使って
“博覧強記”をめざすという作戦です。

そういう目で、日曜日の新聞に出ていた
センター試験の世界史の問題文を見てみると
何とも味わい深いのです。

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 アルプス以北のヨーロッパでは、農民や都市の下層民が、
 一つの生業で生活をするのが困難であることも珍しくなかった。
 とりわけ、15世紀後半から16世紀後半には、人口増加の
 影響もあって、大量の貧農や困窮した下層民が生み出され、
 彼らの中には、傭兵の道を選ぶものも少なくなかった。
 徴募時の一時金や給与は、彼らの生活を支えた。
 三十年戦争は、こうした傭兵たちを主な担い手とした
 戦争だったのである。

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この文章、たぶん高校の世界史の教科書レベルを
少し逸脱しています。

ですが、設問自体は

◆「農民や都市の下層民」について述べた以下の文のうち、
 正しいものはどれか?
◆「15世紀後半から16世紀後半」に起こったこととして、
 以下の文のうち、正しいものはどれか?

というもので、その内容は高校レベルにとどまっています。


つまり、この問題の作者には、高校生が知らないネタで
ちょっと脅かしつつ「へぇ」と思わせたい、という作為が
あきらかに働いています。

日本史にも、幣原外交で知られる幣原喜重郎が
どんな人物かが分かってしまう文章が載せられています。

このあたり、「へぇ」コレクターにとっては、宝の山なのです。


2009/01/19(月)
ミナミに残ったお茶屋のハナシ







大阪ミナミに一軒だけ残ったお茶屋
「島之内 たに川」さんの記事を書きました。
http://www.osaka-brand.jp/kaleidoscope/topics/index.html

昭和の初めまでは隆盛を誇っていた大阪の四花街が
戦災を受け、そこから復興して芸能の拠点となり、
バブル後斜陽化し、今は「たに川」の若旦那が
頑張って継承している、というお話です。

取材に行ったのは11月ですが、
いろいろあってずいぶん遅く、かつ長くなりました...

谷川恵さんは、以前はアートNPOの仕事や
児童館の劇場の仕事などをしていたので旧知でした。
今は若旦那として、伝統文化を発信しておられます。

ブログ「若旦那のお座敷入門」 http://megumu.blog.eonet.jp/megumu/



2009/01/17(土)
『カムイ伝』紹介









大商大での「グレートアーツ」講義。
先週は「寺山修司」、今週は「カムイ伝」でやりました。
来週が最終回ですが、僕がアーティストや作品について
調べて話をするのは、今週で終わりました。

寺山については、高取英氏の「寺山修司」と
扇田昭彦氏の「日本の現代演劇」をベースに
寺山の47年間の人生の軌跡と、現代演劇において
彼が残した成果について話しました。

そしてカムイ伝については、四方田犬彦氏「白土三平論」と
松岡正剛氏の「千夜千冊」をベースに、江戸時代の身分制と
徳川資本主義と史的唯物論について説明しつつ話しました。

以下が上記文献をもとにまとめた「カムイ伝」紹介です。

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 『カムイ伝』は、1964年から71年まで月刊誌『ガロ』に掲載された長編。主な主人公は正助、草加竜之進、カムイの3人。江戸時代初期の日置藩という架空の藩を舞台にした、階級社会における矛盾と葛藤を主題とした物語である。

 正助は下人の子として生まれる。生まれつき足が速く、聡明な少年。本百姓になるために日々努力を惜しまず、そのために百姓には本来禁止されている学問を修め、その後農村社会においてその才覚を発揮していく。
 草加竜之進は日置藩次席家老の嫡子。日々剣の道に励む青年であったが、一門が目付の策略にかかりことごとく討死にしたことで、仇討ちを使命として生きることになる。そしてその過程で、武士という階級に対する懐疑に囚われるようになる。
 カムイは夙谷の非人として生まれる。幼少期から勝気さを発揮し、非人という屈辱的身分から脱するには強くなることしかないと考え、やがて忍びの道に入っていく。

 この物語は前半、三人の主人公を軸に、農民、非人、忍者、武士、そして商人の世界をクロスオーバーしつつ進んでいく。そして後半には、正助とその仲間である百姓と非人たちの世界を中心に、新田開発、養蚕・綿花栽培などの産業振興、逃散、そして一揆が描かれていく。身分と差別のない社会の実現を夢見る正助たちは、自らの生活を向上させるために努力を重ね、社会的不正義と果敢に闘い、そして翻弄され、結局は悲惨な結末を迎えることになる。

 『カムイ伝』は、支配階級のための権力機構が、生産力の発展にとっての足かせとなるときに革命がおきるという「唯物史観」に基づいて構成されている。そのことで白土は、60年代には新左翼運動に関わる学生たちから、解放闘争の理論的支柱の一人として英雄視されていた。
 しかし彼はこの作品を綺麗事の物語とはせず、あらゆる感傷を排除して、リアリスティックな眼差しをもって編み上げている。エロティシズムもグロテスクも、およそ人間的なるものの一切を隠蔽せずに描いてゆくとともに、そうした人間的なるものが自然の法則の前ではほとんど何の意味ももたないことを同時に提示している。そして特権的な個人は存在せず、誰もが交換可能で本来的に匿名の存在であるという原理を提示している。

 白土は『カムイ伝』の物語の背景と細部を作り込んでいくにあたり、江戸の文献を詳細に調べ、その生活世界を再現している。そのことで同作品は、史的唯物論の教科書としてだけでなく、部落史、江戸時代の生活史としても貴重な文献資料であり、現在に至るまで繰り返し評価されている。(1049字)

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4月以降、立場がどうなるか分からないので、
残念ながら来週で非常勤講師生活はいったん終了です。

1年間に数十冊の本を読んで、30回のライブをこなす。
こういうサイクル、なかなかいいですね。
また機会があれば引き受けてみたいなと。


2009/01/15(木)
とんど祭り(2)







その後空堀にあるワインバー金甌屋(きんおうや)の
常連さんの集まりになぜか合流して飲んでました。
ドラジェはここで振る舞われました。
すぐ前では元憂歌団の木村充揮さんが唄っていました。

とても完成度の高い、そしてピースフルなイベントでした。


2009/01/15(木)
とんど祭り(1)







12日には高津宮・とんど祭りに行ってきました。

名店屋台あり、富くじあり、落語あり、
ライブありと盛りだくさんなこのイベント
やはり評判を裏切らない面白さでした。

落語「高津の富」にもある富くじは、お金ではなく
お米やお酒や旅行券などの商品が当たる籤です。
落語家さんの軽妙な司会のもと、箱の中に入れられた
木札を長いキリで突いて、当選番号を選びます。

僕は5枚ほど買ってみました。
電気毛布とドラジェ3kgが当たりました。


2009/01/07(水)
ジンバブエのインフレ







21協会で真後ろの席に座っている松岡さんが
アフリカ旅行から帰ってきました。
おみやげがこの1000億ドル札です。

去年7月に発行され、有効期限は12月末。
6ヶ月しか通用しない通貨を作るということは
まだまだインフレは進行する、ということでしょう。

ところで、なんでインフレって起こるのでしょう?

http://manabow.com/hayawakari/hayawakari4_1.html
この解説、分かりやすいのですが、
残念ながらジンバブエの話にはちょっと遠そうです。


ちゃんと調べてみると、こういうことでした。

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ジンバブエのインフレの原因は、政治の混乱と経済的失策にあるようです。

現在政権を握るムガベ大統領は、30年近く独裁体制を敷き、
野党勢力への弾圧的な政策を実施してきました。

大統領は99年に他国への派兵を行ったが、失敗。
2000年には農場から白人農場主を追い出し、強制収容しました。
その結果、農業技術が失われ食糧生産が激減。食糧価格が高騰してしまいました。

またこの国では、労働者からの賃上げ要求に対応し、
選挙費用を捻出するために、通貨を無節操に発行してきました。

さらに2007年には、外資系企業の株式強制譲渡を法案化しました。
これはジンバブエに進出している外国企業の株式の過半数を
ジンバブエの黒人に譲渡しなくてはならないというものでした。
このために、外資は一斉にジンバブエから撤退しました。

また同年出された価格統制令。これはインフレ対策として、
ほぼ全ての製品・サービスの価格を半額にするというものでした。
この経済の基本を完全に無視した政策を前に、
企業は一斉に商品を売るのを止めてしまいました。

こういった要因が積み重なって起きているのが
今の強烈なインフレ、ということのようです。

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以上、編集の練習のような日記です。
こんなことがすぐ分かるインターネットって
やっぱりすごいですね。


2009/01/05(月)
恭賀新年







さて、すっかり遅くなりましたが
みなさま、明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

年末年始は、初詣と移動時間と食事と睡眠以外は
ほとんどパソコンに向かって文章を書いていました。
100メートルも歩いていない日が2日ありました。

でも、まだ半分ぐらいしか編めていません。
やはり本1冊仕上げるのは大変です。
100号の絵を描いている気分です。
描いたことはないですが。

写真は京都・清水寺の参道の風景です。

*今晩はコモンカフェに入っています。


2008/12/31(水)
“サロン”と“博覧強記”
ばたばたしている間に、今年もあと1日。
みなさま、いかがお過ごしでしょうか?

ここ1ヶ月ほど体調を悪くして
いろいろご心配をおかけしていましたが
最近ようやくお酒が飲めるまでになりました。
つまりは、過労だったのだと思います。

そんな状態だったので、引きこもるように
日本史や文学史の本を読んでいました。
いろんなことを吸収するための
素地がずいぶん出来てきました。

この一年間は“サロン”をテーマに
いろいろ調べたり活動したりしてきました。

そして、複数の人が集まってしゃべる場に
自分が何かを持ち込んで、そこでセッションを
起こすということが一種の芸なのだということを
さらに強く意識するようになりました。

なので来年は、その芸をさらに磨くことを
目標にしてみたいと思っています。

そのための“博覧強記”を、目指そうかと。

年末年始は、インターネットの使えない処に逗留します。
「カフェをやりたい人に伝えておきたいこと(仮)」を
どうにか書き上げてしまいたいと思っています。

そしてこれは何年かかかると思いすが
大阪商大での講義とこれまでの実践をベースに
「サロンをめぐる冒険」という本の構想にむけて
準備を始めたいと思っています。

まとまりのない近況報告となりましたが
みなさま、よいお年をお迎えください。


2008/12/26(金)
たぶん(自称)日本一の屋台達









1月12日の成人の日に高津宮で行われる
とんど祭りには、大阪の名店の屋台が立ち並びます。
http://osaka21-blog.cocolog-nifty.com/the_front/2008/12/post-42bd.html

文枝一門の落語会や、木村充揮さんのライブ、
高津の富くじの再現をはじめ、いろんなイベントもあります。

これは個人的リコメンド。僕も当日取材に行く予定です。


2008/12/20(土)
セッション続き
ということで今から、南森町の208にお邪魔してきます。
http://www.mediapicnic.com/208/archives/2008/12/showcase047.html

もう定員いっぱいみたいで、かつ直前なので
なんの告知にもなっていませんが...

23日(祝)の『開かれていて閉じている』の方は
まだ大丈夫ですので、お時間ありましたら、どうぞ。
http://www.talkin-about.com/cafelog/?itemid=788

僕はカフェの話と演劇の話と経済の話と日本の話を
するような気がします。


2008/12/19(金)
記憶の増大
ということで今日は、大阪商大で
昨日日記に書いたようなことを話しつつ
フィッシュマンズの話をしてきました。

どうつながるねん、という話ですが...

授業の構成を考えながらyoutubeを見ていて
あらためてヤラれてしまいました。

ということで、次回僕がコモンカフェに立つ
来年1/5(月)夜は「記憶の増大」と題してお届けしたいと思います。

意味は、調べればすぐに分かります。



2008/12/18(木)
“なるほど” “へぇ”の科学
人はどんな時に“なるほど”と思うのか?

おとつい同志社女子大の川田隆雄准教授と
コモンカフェでそんな話をしました。

川田さんは「抽象的な意味がわかったとき」と。

ある現象が「それってそういうことだったのか」と
思えた時に人は“なるほど”と思う。
人にはどうやら、そういう装置が備わっているようだと。

では、人はどんな時に“へぇ”と思うのか?

これは僕の考えですが
「提示された情報が、自分の興味関心や、自分が持っている
 別の情報とリンクしていると気づいた時」ではないかなと。

“へぇ”は注意を引くこと(attention)で
“なるほど”は理解すること(comprehension)
なので、程度はちょっと違いますが、

“なるほど”“へぇ”と相手に思ってもらうには
相手があらかじめ持っている知識や情報や関心に
リンクする情報から入って、その背後にある
抽象的な意味を伝える、というプレゼンを
すればいいということになります。

そして、

自分が“なるほど”“へぇ”と思うためには
自分の中に相手が提示する情報にリンクする
知識や情報のストックを持っておくことと、
抽象的な概念に慣れておく必要がある
ということになります。

だから若い時分に、詰め込みでもいいから
勉強しておくと後が楽、ということなのでしょう。

人は“なるほど”“へぇ”と思った時に、
知識や情報を自発的に吸収するようになります。

このメカニズムをうまく使うと
自分が伝えたいことを相手にうまく伝えたり
自分が知らないことを短期間で知ったりする
ということができそうです。

そんな街場の教育論、どうでしょう?


2008/12/15(月)
Reading Words on Dec









昨日はコモンカフェでは2回目の
Reading Words.

「ドアをノックする音」というテーマで
集まったメンバーが英語で詩や小説を発表しました。
「ポエトリーリーディングの夕べ」の英語版です。

前回の反省を踏まえ、昼のうちにCNNをずっと
聴いてから参加してみました。

英語って、主語があって、そのすぐ後に動詞が来る
という構造に関しては、裏切らない言語なんですね。

そのことに気付いて、主語と動詞をまずおさえると
だいたいどんなことを言っているか見当がつく
という発見をしました。

次回は1/25(日)。テーマは"colors"。
僕も何か書いて参加してみようと。



2008/12/10(水)
今日のコモンスタイルは








こんな感じでした。

左手前はチェスに興じる人たち
左手奥は博覧強記な話に興じる人たち

忙しくてどちらにも参加できませんでした...


2008/12/08(月)
開かれていて閉じている
ポタライブなどの活動でご紹介してきた
劇作家の岸井大輔さんからのお話で
12/23(火・祝)に急遽、コモンカフェで
トークイベントを行うことになりました。
http://www.talkin-about.com/cafelog/?itemid=788

ゲストはゲームデザイナーの米光一成さんと
劇作家の岸井大輔さん、そして僕も出ることに。

米光さんと岸井さんは11月に、船橋市のステーキハウスで
10時間に及ぶトークショーを行っていたそうです。
http://plaza.rakuten.co.jp/kishii/diary/200811290000/

お二人が長い時間をかけて共有したイメージが
どういうものかまだよく分からないのですが
それを来られた方々のイメージとを地続きにすることを
今回の自分の目標にしようと思っています。

タイトルの「開かれていて閉じている」は
岸井さんから聞いた話と、僕自身の今の関心が
リンクするのはここかなと決めたタイトルです。

この日のカフェの運営は、毎週金曜日にお店に入っている
「cafe de lapin」さんにお願いしています。
イブイブの祝日で出にくいところかと思いますが
お時間がありましたら、どうぞお越しください。


2008/12/04(木)
英語でチェスを愉しむ








インドネシア人のアルディカさんから
「チェスを教えたい」というメールを頂き
先日お会いしました。

外国人が自分が教えたいことを教える場、という
「common style」の趣旨をホームページで知り
アクセスいただいたのでした。

とても面白そうなお話なので、僕がコモンカフェに
入っている9日(火)と15日(月)の夜に
ディカさんにお越しいただくことにしました。

基本的には英語でチェス、という趣旨ですが
ディカさんは日本語もかなり堪能ですので
たぶん英語が話せなくても大丈夫だと思います。

興味とお時間がありましたら、
当日ぜひコモンカフェまでお越しください。

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<ディカさんからのメッセージ>

チェスの起源はインドにあると言われています。
もともとはゲームとしてではなく、戦争の
シュミレーションとして使われていたそうです。

9世紀にこのゲームはヨーロッパに伝わりました。
ルールがシンプルでわかりやすかったこともあり、
人気になり、現在チェスは世界中に広がています。
日本の将棋もチェスが起源だと言われています。

チェスでは、一手を打つ時に、その次の手も
考えなければなりません。もっとすごいレベルになると
チェス板を見ないでゲームする人達もいます。
つまり、最初に打った手から現在までの
チェス駒の動きをすべて記憶しているのです。
このゲームはブラインド・チェスと呼ばれています。

間違いなく、チェスは脳のトレーニングになります。

チェスは長いゲーム、つまらないと思っている人は
【クイック・チェス】を試してください。早打ちテェスです。
一人の持ち時間が15分だけというルールで戦われます。

皆さん、一度チェスをやってみませんか?


<プロフィール>

イ ニョマン アルディカ(ディカ)

350年間ポルトガルとオランダの支配下に
置かれたことで、私の母国インドネシアでは
チェースゲームが盛んです。現在も子供から大人まで、
この美しいゲームは愛されています。

私は7歳の時に家族からこのゲームを習いました。
シンプルなルールはわかりやすく、二回三回習うと
すぐに覚えることができます。学校や職場でも
チェストーナメントが盛んに行われており、
私は数々のトーナメントで入賞経験があります。
http://www.eonet.ne.jp/~limadaki/chess/index.html


2008/12/03(水)
自然主義と余裕派
今からちょうど100年ほど前に、日本の文学界では
自然主義という潮流が起こりました。

もともとはエミール・ゾラにより定義され
フランスを中心に起こった動きですが
日本では日露戦争の頃に島崎藤村・田山花袋・
国木田独歩・正宗白鳥らがその担い手となりました。

家庭の秩序を公然と破り、自由恋愛をし、放浪し、
貧窮する間に、自由と真実とを求める求道者が
見出した感動が、小説の重要なテーマとなったのです。

現実を理想化せず、社会・人間・自然を、醜いものも
含めて、ありのままに描こうとするその態度は
文学界に大きな衝撃を与え、その流れは私小説として
今に引き継がれています。

こうした当時の流れと一線を画するように
夏目漱石は、世俗を忘れ、人生をゆったりと
眺めようとする創作態度を取り、余裕派と呼ばれました。
白鳥は、漱石のこうした態度を強く批判しています。

漱石は、博覧強記の人です。
漢文、漢詩、俳句に通じ、英語も堪能で
英国留学時には欧米の書籍を貪るように読んでいました。

漱石はこの時代に、日本と西欧との間で引き裂かれる
現実の社会の中と対立しつつ、その現実にふさわしい
新しい精神を創り出そうとしていました。

それは実は余裕などではなくて
現実にまみれることを人生だとする自然主義と
別の道を行こうという意志だったのだろうと思います。

昨日のOMS戯曲賞の選考会に立ち会っていて
この話とちょうど逆なんだな思いました。

 現実にふさわしい新しい精神を創り出すのが演劇であって
 醜い現実をありのままに舞台に乗せることは劇作家の仕事ではない。

どちらがいいとか悪いとかいう話ではなく
創作に向かい合うスタンスが違うと
批判は厳しいものになる、ということかなと。

.....................................................

昨日、第15回OMS戯曲賞の最終選考会が
行われました。結果は、

 大賞:「愛情マニア」 サリngROCK(突劇金魚)
 佳作:「ななし」 棚瀬美幸(南船北馬一団)

となっております。


2008/12/01(月)
「吾輩は猫」を読む
大阪商大ではその後、ボブ・ディランと
ビートルズについて講義をしました。
60年代にロックンロールが芸術に昇華したこと
下方向の卓越化という競争が始まったことなどを
話してみました。

そして今度は趣を変えて、夏目漱石をやろうかと。
「吾輩は猫である」「こころ」を久々に読んでいます。

「猫」実は学生時代に2度挫折していて
今回やっと半分を読んでいるのですが
苦沙弥先生が迷亭君と寒月君らを中心に
家で話している内容を猫が聞いて語っている
かなりとりとめもない話だったんですね。

軽妙洒脱な文体ながら漢学や西洋の学問について
縦横無尽に引用して書かれているので
学生時代に理解するのは無理だったなと
改めて思いました。

「猫」が高浜虚子が編集していた「ホトトギス」に
連載されたことで、「ホトトギス」は2千部から
8千部にその売上を伸ばしたそうです。

なぜそんなに人気が出たのか。
そのあたりを、明治の欧化政策と
日本人のアイデンティティというテーマとからめて
話してみようと思っています。


2008/11/30(日)
今日、高座の滝では









もう11月も、終わりますね。

そんな寒い中ですが、今日、高座の滝では
アンビエント・ミュージックのイベントが
行われていました。

阪急岡本駅北にあるファームハウスカフェ
定期的にイベントを行っているピンタさんが
企画しているこのイベントは今回が2回目。
朝9時から夕方4時までの8時間続く
ユルユルとしたイベントです。

ファームハウスカフェの正木さんや
アウトドアプロダクツの大釜君も出店していて
生駒山プロジェクトの今城さんも来ていたので
来春の芦屋川〜岡本イベントの話をしていました。

イベントに来ていた人が、かわいい二眼レフの
カメラを持っていたので話しかけました。
これ、ローライのデジカメなんだそうです。

そこからその人といろいろと話しました。
以前は映写技師の仕事をしていて
今はノマド・キノというユニットを結成して
西宮のカフェやギャラリーで
映画上映などのイベントをしているそうです。

で、今度コモンカフェでも一緒にやりましょうよと
盛り上がりました。

六甲山カフェの船津さん達は、今日は大忙しでした。
年内は12/21(日)まで営業して、そこから2ヶ月間は
冬季休業して、2/28(土)に営業を開始するそうです。

2004年、2005年の11月23日に、この場所で僕らは
六甲山カフェイベントを行いました。
あれから3年たって、自分は何もしていないけれど
こんな光景が実現しているのが感慨深いです。


2008/11/15(土)
品物から受けた恩









今日は機会あって、大阪日本民芸館の
濱田庄司展を見てきました。
http://www.mingeikan-osaka.or.jp/event.htm

1894年に生まれた濱田庄司は、東京高等工業学校の
窯業科で河井寛次郎と親しく交わり、卒業後二人は
京都市立陶磁器試験場に入所しました。

この時期濱田はバーナード・リーチ、柳宗悦と知り合い
1920年にはリーチと共に渡英。セント・アイヴスで
作陶生活を始めます。

ここで濱田は、窯の近くでスリップウェアの破片を見つけます。

スリップウェア(Slipware)とは、ヨーロッパなど
世界各地で見られた、古い時代の陶器の一種です。
リーチが東京時代に見つけた本の中で存在を知り
それを現地で発見したのでした。

濱田はイギリスの博物館を回って、現存する
スリップウェアを収集し、日本に持ち帰りました。

それは濱田自身、そして柳宗悦や河井寛次郎の作陶や
その後展開される民芸運動に強い影響を与えました。


さてずいぶん前置きが長くなりましたが
今日お伝えしたかったのは、濱田庄司が残したこの言葉です。


 私は物に出会っていいなと思うときは、私が負けた証拠だ。
 勝負は一瞬に済み、それから貰うものはほとんど済んでいるが
 そのとき相手になった品は及ぶ限り手に入れて、いつまでも、
 品物から受けた恩を大事にしたい。


写真左はイギリスのスリップウェア。
右は濱田の「白釉流掛大鉢」(1963年)。
明らかにスリップウェアの影響を受け、それを昇華させて
作り出した大作です。


2008/11/14(金)
LOVE!1971









12,13日と、東京に行っていました。

国会図書館では「cafe sweets」の前身である
「月刊喫茶店経営」のバックナンバーを
力の限り調べていました。

70年代前半の喫茶・スナック開業ブーム
75年頃の珈琲専門店ブーム、80年代前半からの
紅茶専門店ブーム、83年〜84年のカフェバーブームなど
今では分かりにくくなっている流れを掘り起こしてきました。

その後銀座にある、とあるデザイナーさんの事務所へ。
こちらでは、70年代の「an・an」をひたすら読ませて
いただきました。

いわゆる「アンノン族」の観光ブームを生み出した
萩・津和野・清里などのディスカバー・ジャパン的特集や
手作りブーム、自然食ブームがどんな感じだったのか
やっと確認できました。

「an・an」は70年、「喫茶店経営」は71年が
創刊なのですが、創刊時期のものを見ていると
ヒッピー・ムーブメントやサイケデリックの影響を
もろに受けているのがよく分かります。
ファッションも当時のお店の内装も雑誌のデザインも
特集の内容も、今でも十分通用するカッコ良さです。

写真は71年発行の両誌の表紙。
僕も71年生まれですが
この時代にはシンパシーを感じます。

それがその後、70年代後半から90年代半ばまで
明らかにデザイン的に退化していきます。
特にバブル期のものはびっくりします。
なぜ、そうなったんでしょうね?


2008/11/09(日)
大谷茶屋の焚き火









愛車キャノンデールのタイヤを
街乗り用の薄いのに換えたことで
より機動力を増している昨今です。

で、今日は芦屋ロックガーデンの大谷茶屋まで。
六甲山カフェの様子を見に行ったのですが
焚き火のところで大谷さん達や登山者の方々と
ずっと喋っていました。

大谷茶屋では、11月1日になると
このかまどのような場所で、焚き火を始めます。
始めるときと4月末で終わるときには、
火の神さまに、山海の珍味をお供えします。
今年はタチウオをお供えしたそうです。

登山者はこの神の在す座に足を止めて、暖を取ります。
ここにいて大谷さんとお話ししていると
自然といろんな方と、お話しすることになります。

今日はほぼ毎週、この山に登っている
物静かな雰囲気の方と、長い間話し込みました。

登山ルートや登山者の服装や木々の様子など
僕には同じように見えているものが
彼にはそれぞれ違って見えているようで
それがとても楽しいとおっしゃっていました。

自分の中にある興味や本質に照らし合わせながら
山や街でのいろんな物事について語っていく
その語り方に、とても興味を覚えました。

彼に見えている豊かな世界に興味が湧いて
僕ももっと足繁く、ここに来たいと思いました。


2008/11/09(日)
生駒リュック報告(2)







今回のリュックサックマーケットには
7月から続けてきた生駒会議のメンバーだけでなく
生駒近くに住んでいる、生駒出身、生駒が好き
といった、多くの“地元な方々”にご参加いただきました。

出店されていたのは、雑貨やアート作品、
焼き菓子、自家製パン、チャイ、珈琲、本、
古着、CD、家にあったコレクション、
整体、プチ英会話、地元の野菜など。

一階では中崎町のレザークラフトショップ
アダクワッタ」さんによる
皮製の定期入れを作るワークショップと
今城夏子さんたちによる、
ズンバダンスのレッスンが開かれていました。

朝11時から夕方4時まで、この山小屋では
ユルユルとした時間の流れの中、いろんな交流が
生まれていました。

実は今回のリュック開催の目的は、
この鬼っ子広場を活性化させるために
いろんな人にこの場所を知ってもらうということと
そこから次のプロジェクトを作り出す、というところに
あったのですが、そういう意味で面白い人たちにも
出会えました。

そのうちに、この場所が六甲山の大谷茶屋ように
カフェになっているかも知れませんよ。

リュックサックマーケットのほうは、来年に
また暖かくなったら開催しようかと話しています。

こちらの方にも、ぜひまたご参加ください。


2008/11/09(日)
生駒リュック報告(1)







さて、リュックサックマーケット@生駒
おかげさまで無事終了いたしました。

天気予報通り、当日は雨、気温は10℃
そして会場の鬼っ子広場は山の上、という
悪条件が重なった今回ですが
そんなハードルを超えてきた人たちと
出会う、というのもまた一興でした。

ストーブが炊かれていくらか暖かくなった
山小屋の二階に集まった、20組余りの人たちには
最初にどんな活動をしていて、今日はどんなものを
持ってきたのかを、話していただきました。


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