過去の日記 35

2007/11/07(水)
居住型ゲストハウス









東京ゲストハウスLife」という本が
山と渓谷社から今年出版されています。

ここ数年、東京ではゲストハウスが急増していますが
その大半が「宿」ではなく「居住型」なのだそうです。

敷金・礼金が不要で、気軽に入居でき、
キッチン・テレビ・トイレ・シャワーなど、
生活に必要な設備を充実させていることから、
長期旅行者のほか、ワーキングホリデーを活用して
日本に来た人たちも活用しています。

日本人では、バックパッカー経験者や、
生活費を浮かせてバンドや映画製作などに
取り組む人たちが住んでいるそうです。

大阪には数は多くはないのですが
こんな老舗の居住型のゲストハウスがあります。


オレンジハウス 大阪市阿倍野区阪南町1丁目21-19 Tel:06-6627-0790
http://www.oct.zaq.ne.jp/orange/topjp.htm

1991年にオープンした、個室・長期滞在型のゲストハウス。
最寄り駅は地下鉄谷町線文の里。間取りは4.5畳+板の間3畳
で、各部屋にはキッチン、テレビ・エアコン・冷蔵庫・食器棚・
インターネットケーブル等が備えられています。
部屋数は30室、家賃は月5.5万円。屋上に60畳のコモンルーム
(写真左)があり、宿泊者同士の交流も行なわれています。

レモンハウス 大阪市中央区日本橋1-2-2 Tel:090-5655-1050 
http://www.oct.zaq.ne.jp/orange/lemontop.html

オレンジハウスのオーナーが2005年に始めた、ドミトリー
タイプの長期滞在型ゲストハウス。一階に「一兆」という
焼き鳥屋があるマンションの上層階にあり、屋上には
コモンルームがあります(写真右)。一部屋の定員は4人。
宿泊費は週1.2万円、月3.9万円。キッチン・トイレ・
シャワーが備えられています。

この2つ、オーナーさんは一緒で
このほかに島之内でメロンアパート、
堺市でバナナハウスを経営しておられます。
やはり海外をいろいろと旅してきた方です。


2007/11/06(火)
けふは京都に行きませう








のマドの新アルバムがリリースされました。
http://www.nomadmusic.info/

ジャケットのイラストは弓削ナオミさん。
ボサノヴァやフォークのエッセンスをちりばめ
和みの世界を表現しています。

今回のアルバムのレコーディングは、
コモンカフェと、京都の都雅都雅で行なっています。
カフェ空間であり、本がいっぱい置いてある
図書館のような空間で演奏する感じが良かったと
中井優さんに言っていただきました。

メイド・イン・common cafeの音楽。
どうぞお楽しみください。


2007/11/04(日)
奇跡の果実









朝から三度聴いています。
聴いていて心がざわざわしています。
友部さんは天才だなあと思います。


2007/10/30(火)
SUMO BACKPACKERS









「SUMO BACKPACKERS」は、もともとお寺だった
一軒家を改装して2003年7月にオープンした
ドミトリータイプのゲストハウスです。
2階を寝室、1階をリビングにして
くつろげる空間を提供しています。

オーナーの奥田佳苗さんは、バックパッカーとして
海外を旅行していた人でした。
当時大阪には安く泊まれる所がなかったので、
若い人たちがちょっとコンサートや買い物で
大阪に遊びに来るときに、お金をかけずに
泊まれる所があったら、という思いつきから、
このゲストハウスを開業されています。

最近は「Hostelworld」のみに情報を載せておられます。
宿泊客はほとんど外国人だそうです。
http://www.hostelworld.com/hosteldetails.php/SumoBackpackers-Osaka-6480

*SINGLES PROJECTではかつて、この宿にお邪魔して
 宿泊している外国人と情報交換する、という
 プロジェクトを展開していました。


2007/10/29(月)
ゲストハウス由苑









今年の7月に、上町の地域交流スペース「結」の
2階に「ゲストハウス由苑」がオープンしました。
http://www.u-en.net/

オーナーは椎野さん・藤原さんという二人の女性。
古民家である町屋を自ら改装して作られました。
1階にはカフェや骨董屋があり、宿泊者以外にも
地域の人たちが集まってくるようになっています。

個室と相部屋が2部屋ずつあり、収容人数は12名。
今はイギリスからの観光客が多いそうです。


個人オーナーが日本の古い家屋を改装して、
10人程度が宿泊できる小さなゲストハウスを始める、
という流れが、大阪で最近起こってきています。

オーナーはもともと海外を旅してきた人たちで、
大阪にもバックパッカーが気軽に泊まれて、
宿泊客同士で交流できるドミトリー(相部屋)タイプの
宿を、との思いで始めています。

旅行者では手に入れにくい現地情報を提供したりと、
きめ細やかなサービスを提供しているのが特徴です。


2007/10/21(日)
明日のcommon styleですが








さて、明日22日(月)夜のコモンカフェ営業ですが
夜7時から8時半頃までは「ヨーロッパ企画の公開試験放送」として
ラジオ番組の収録を行なっています。
この間は予約のない方は入場できませんので
あらかじめご承知ください。

午後9時以降は、僕がマスターになり
通常営業を行います。
お越しいただいた方には、上海みやげの
パンダチョコレートを差し上げます。
一方で僕の上海話を聞かされることにもなります。

それでもよろしければ、お立ち寄りください。


2007/10/20(土)
我去上海了(8)
夜は見本市会場で声をかけていただいた、上海クリエイティブセンターの方と会食。
大阪・上海間での、継続的な国際文化交流の可能性について話し合いました。

2010年に万博を控えた上海では、アート・クリエイティブの分野についても更なる展開を模索しているようです。
ハードの充実だけでなく、アジアの都市間でのクリエイティブ・ネットワークの構築、アーティスト・クリエイターの相互交流の活発化といった取り組みが実現すれば、大阪にとっても非常に意義があるのではと思います。

上海には、近々にまた行くことになるだろうな、と。
そんな感じの小旅行でした。


2007/10/20(土)
我去上海了(7)









夕方には旧フランス租界にあたる、常熟路(チャンシュールー)付近を散策。

旧フランス租界の西側のエリアには、今でも1930年代のアールデコ、モダニズム様式の邸宅が残されており、古い洋館を使ったレストランが点在しています。

これは行ってみて分かったことですが、上海の街中には、スターバックスやレストランはあるのですが、一般庶民が行くような喫茶店やカフェがほとんどありません。
お店でコーヒーやお茶を飲む、という習慣がないのでしょうね。

この界隈で30分ぐらい探し回って見つけたステーキハウスでコーヒーを頼むと、18元(=300円)しました。
ちなみにバーでビールを頼むと5元(=80円)ぐらいです。
外国人や富裕層向けの商売と、一般庶民向けの商売は、この国でははっきりと分かれているようです。


2007/10/20(土)
我去上海了(6)









「蘇河芸術中心(Creek art Center)」は、1910年代の製粉工場として作られたレンガ造りの建物を活用。ギャラリー・多目的スペース、レストランを備えています。
中はとても綺麗な施設ですが、どう見てもゲットーの中にあります。
   
クリエイティブなムーブメントを、自然発生的にではなく、上から仕掛けようとしているのが、今の上海の現状のようです。


2007/10/20(土)
我去上海了(5)








17日の昼からは、クリエイティブセンター大阪の小原啓渡さん、見本市会場で仲良くなった韓国・ソウル近郊のGwacheonにあるmodli Theatreのマネジャー・李承佑さん(Lee Seung-Woo)と3人で蘇河江(スーヂョーホー)近辺のアートセンターをまわりました。

「莫干山路50号(M50)」は、1930年代に建てられた紡績工場を再利用した芸術家村です。
21のビルを上海市政府が買い取り、アーティスト・クリエイターのアトリエ、事務所、ギャラリーが100以上集まっています。このパワーには、圧倒されます。


2007/10/20(土)
我去上海了(4)









17日。朝6時にホテルを出て、街の風景を眺め、街の活気を感じながら、ひたすら南へ。
豫園(ユィーユエン)という、明代に作られた庭園に踏み入れると、太極拳をしている方々がいっぱいおられました。


2007/10/20(土)
我去上海了(3)







パーティ終了後には、蘇河江(スーヂョーホー)の北、虹口(ホンコウ)にある屋台街に足を運び、ビールを飲んでいました。
開発が進む上海の中で、この地域はかろうじて、昔ながらの下町風景を残していますが、広い空き地や廃墟も目立ち、再開発の波が押し寄せている気配を感じます。

夜遅くには、屋台の前の路上で、お店の人たちが家族総出で魚をさばいていました。


2007/10/20(土)
我去上海了(2)









夕方には、黄浦江(ホワンプージャン)での
船上クルージングパーティに参加。
両岸に広がる建築群が織り成す光景に魅了されました。

上海という街は、中国が1842年にアヘン戦争に敗れ、南京条約によって開港を受け入れたことで、西岸の外灘(ワイタン)エリアには、イギリス・アメリカ・フランスによって租界が設置されていきました。
次々と建てられた洋風建築は、戦後には政府系機関の建物として使用されてきましたが、近年香港やシンガポールの資本によって高級ショッピングスペースとしてリニューアルされ、世界的に有名なブランドショップや一流レストラン・バーが集められています。

また20年前には何もなかった対岸の浦東エリアは、近年国際金融貿易エリアとして急速な発展をとげています。東方明珠塔(テレビ塔)がシンボルとしてそびえ立ち、高層のビル・マンションがその周りに林立しています。
2010年には上海万博の開催が予定されており、経済的繁栄を誇る水の都としての風格を備えつつあります。


2007/10/20(土)
我去上海了(1)







火曜日から木曜日まで、上海に行ってきました。
上海舞台芸術見本市に参加してきたのですが
いろいろなものを見てきました。
軽くご紹介してみたいと思います。

これは見本市の風景です。
会場構成としては、入り口から両側には中国の
メジャーコンテンツ、地方の伝統芸能や民俗芸能が並び、
その外側に海外からの出展ブースが設置されていました。


2007/10/13(土)
フレンチ上海










上海の西南には、フランス租界と呼ばれる
エリアがあります。

1842年にアヘン戦争に敗れた清は、南京条約により、
上海をはじめ5港の開港を受け入れました。
そしてイギリス・アメリカ・フランスはそれぞれ
上海に土地を租借し「租界」を形成しました。

この租界時代(1849-1943)に、イギリス・アメリカに
比べて軍事力や経済力といった面で劣っていたフランスは、
ハードパワーではなく、文化力というソフトパワーで
この地を統治しようとしました。

フランス的なクオリティ・オブ・ライフが
持ち込まれたこの地域では、海派(ハイパイ)と
呼ばれる、日常を楽しむ工夫や好奇心に満ちた
上海スタイルを生み出し、コスモポリタンでモダンな
上海の文化を育んでいきました。

今このエリアには、閑静な住宅街に、
小さな雑貨店やカフェ、古い洋館を使った
レストランが点在しているそうです。

*参考文献 
 「フレンチ上海」(にむらじゅんこ・文 菊池和男・写真)
 

来週火曜から木曜まで、上海に行ってきます。
舞台芸術の国際芸術祭に参加するのが目的ですが
フランス租界にあるカフェで、お茶でも飲んで来ようかと。


2007/10/11(木)
コモンカフェジャーナル









さて、かなり久々にコモンカフェジャーナルを
お届けいたします。

■10月より、コモンカフェの木・金昼は
 plaijaime(プレジェム)の槇峯さん・原さんが
 入っています。
 http://www.talkin-about.com/cafelog/?catid=25&blogid=1

 最近はお肉とお魚のランチと、手づくりのパン数種類を、 食べ放題で出しています(左)。
 
■平日夜にGrand Jazz Liveを開催しているマスターに
 Grand Barという形で、バー営業を時々お願いする
 ようになりました。

 8日の初Grand Barの日に覗いてみると
 ノーチャージで若手の演奏を聴いていただきながら
 お酒を楽しめるバーとして営業していました(右)。

 次回のGrand Barは、10/15(月)です。

■10/22(月)のcommon styleは、僕の日なのですが、
 「ヨーロッパ企画の公開試験放送」という形で
 ラジオ番組収録を行なうことになりました。
 http://www.europe-kikaku.com/ 

 このイベントは申し込みが必要です。
 ご興味ある方は、奮ってお申し込み下さい。

 たぶん午後9時以降は、
 ふつうのcommon styleに戻ります。

■「いちょう並木」という、大阪市内で配布されている
 生涯学習広報紙に載せていただきました。
 コモンカフェにも、50部ほど置いています。


最近は、そんな感じです。


2007/10/08(月)
変わる新今宮(後)









大阪の安い宿」という日英併記のリーフレットが
関西空港や観光案内所などで最近配られています。
新今宮周辺の13のホテルが集まって作ったものです。

こうしたホテルでは、数年前から部屋を改装し
ホームページを英語・中国語・韓国語でも作成し
従業員の英語能力を強化するなどの対応を行い
外国人観光客を積極的に受け入れてきました。

その結果、特に欧米から来てこの地域に泊まる
バックパッカーの数は年々増え続けています。
今年の夏は世界陸上が長居で行なわれたことで
多くの観光客やマスコミの方々も来られたそうです。

写真はホテル中央のロビー。


地域の簡易宿泊所のこうした転進の背景には
雇用のマッチングという、これまでこの町が
果たしてきた役割が機能不全を起こしている
ということがあるようです。

90年代に携帯電話が一気に普及したことで
業者は毎朝労働センターに行かなくても
若い労働者を集めることができるようになり
仕事を求める人は地域に入ってくる必要がなくなりました。

そして地域に残されたのは、仕事を失って
生活保護を受けるようになった高齢者たち。
このままでは地域に未来はない、という危機感から
新たな取り組みを始めたそうです。

今回ホテル中央・専務取締役の山田英範さんに
お話をうかがってきました。

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大学生の時にバックパッカーとしてアジアを
中心に回っていました。またオーストラリアに
留学とワーキングホリデーで滞在している間に
オーストラリア一周をしたりもしました。
もともとは旅をする方でしたが、
今は受け入れる方に回っています。

新今宮はとても地の利のいい場所です。
JRでも南海でも関空から1本で来られますし
JR環状線、地下鉄御堂筋線も通り、
大和路快速を使えば奈良に
はるかを使えば京都に、簡単にアクセスできます。

タイのカオサン通りは、もともと地元の人向けの
宿があった場所でしたが、観光地に近く、欧米人が
入ってくるようになり、ガイドブックに載ったことで
一気に外国人向けのゲストハウスが増えてきました。
今ではレストランやバー、土産物屋、旅行代理店などが
集まり、タイで随一の繁華街になっています。

すぐ近くの新世界も、ここ数年でかなり変わりました。
通天閣やジャンジャン横丁の串かつ屋などが
今では観光地化しつつあります。

今は労働者向けの店しかありませんが、
今後は新今宮にも、バーや土産物屋など、
外国人を対象にしたお店が増えてきて、
観光地化が進んでくるのではと思っています。
僕自身も、将来的にはこの近くにアイリッシュバーを
作れたらと思っています。

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地域を取り巻く文脈が激変していく中で
この町は新たな存在意義を模索しています。
10年後には、今とはかなり違った町に
生まれ変わっているのでしょうね。


2007/10/08(月)
変わる新今宮(前)







新今宮というまちが、最近変わりつつあります。

新今宮駅の南側、通称「釜ヶ崎」と呼ばれる町は
1960年代後半に、増大する建設需要や
大阪万博に対応するために作られた
建設労働者の寄せ場です。

地域にはドヤと呼ばれる簡易宿泊所が集積し、
単身日雇い労働者がそこに居住し、
労働センターを介して日々仕事を得て
賃金をもらっていました。

高度成長・バブル経済と、公共工事が増え続けた
時代には、この町のシステムは機能してきましたが、
バブルが崩壊し、1997年の橋本政権下の緊縮予算で
公共事業が激減したことで、建設業の仕事がなくなり、
50才以上の高齢労働者はドヤ住まいを諦めて
ホームレスになっていきました。

大阪市では東京や横浜と違い、旅館を住所地としては
生活保護が受けられないため、これまで労働者を
受け入れてきた簡易宿泊所の中にはアパートに変更し
仕事がなくなりホームレス化した人たちを受け入れ
生活保護が受けられるようにしたところがあります。

それまでは路上や安アパートでの孤独死が絶えなかった町、
就労が出来なくなると町から去らねばならなかった町が
今、福祉の町として、少しずつ変わりつつあるようです。

そしてもう一つの大きな変化。

それは、簡易宿泊所が、海外旅行者を受け入れるように
なってきたことです(つづく)。


2007/10/04(木)
大阪の「ええもん」って何だろう?









 「世界レベルの大阪ええもん」というムック本が、この7月に函覆┐ぁ暴佝納劼茲衄行されました。
 大阪のおみやげ、伝統工芸品、お店の目玉商品などを紹介したもので、売れ行きは好調、8月にはABC「おはよう朝日です」の書籍ベストセラーの第3位として紹介されました。
 手にとってみると、単なる名品紹介にとどまらない、大阪という街の空気を伝えようという作り手側の視点が感じられます。

 この本の扉は、こんな文章で始まっています。


 “大阪の「ええもん」ってなんだろう?” 
 という疑問から、この本づくりは始まりました。

 いわゆる大阪名物と称されるたこ焼きやお好み焼き、
 あるいはコテコテやお笑いなどのニュアンスがそれではないことは、
 大阪人はもちろん、観光客もそろそろ気づき始めているし、
 かといって大阪に店があるというだけで、
 それがそのまま大阪らしい「ええもん」になるわけではない。

 けれど、人や街の面白さはやはり大阪の真骨頂。
 「そんなんアリか」と驚く、客と店とのフレンドリーなやり取り、
 「こんなことまで」と唸る、デラックス感に溢れた商品、
 「そこまでせんでも」と笑える、遊び心にまみれた人たち・・・。
 つまり、大阪の大阪らしさは、ものや店そのものではなく、
 それらがやり取りされる時に生まれるサービス精神や、
 コミュニカティブな感覚にこそあるんじゃないだろうか。
 これって例えて言うなら、大阪人そのものですね。


 この本の企画・編集にあたったのは、大阪・中之島の「編集集団140B」。もともとは京阪神エルマガジン社に在籍し、数年前に「神戸本」「大阪本」「京都本」でそれぞれ20万部を超えるヒットを仕掛けたメンバーです。
 今回は140Bの編集責任者・江弘毅氏、出版責任者・中島淳氏にお話をうかがいました。
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 今年1月に「京都を買って帰りましょう。」という本を出し、初版6万5千部、1ヵ月後には6万部を増刷するヒットになりました。そして第2弾として「大阪本」を初版8万5千部で発行しました。

 京都には若者が出したお店と何百年もの歴史がある老舗とが共存している魅力があり、また観光地と買い物のエリアが一緒なので、観光地を歩く華やかさの中に何かを買って帰ることができるという強みがあります。大阪は魅力的なものを売っている場所が観光地ではないことも多いので、大阪本を出すにあたっては、京都とは違う面白さを売っていこうと考えました。

 大阪のお店には、まずコミュニケーションがあり、その上に商品が乗っているようなところがあります。お客さんが勝手に商品の名称をつくったり、いらんことを言ってコミュニケーションを面白くしたりという要素がふんだんにあって、そのやりとりの面白さこそが大阪の魅力だと考えました。インディアンカレーショップの「ダイタマヨコワケ」(大盛りご飯にルウを横に分けてかけ、玉子を落とす)や自由軒の「織田作死んでカレーライスをのこす」こそが大阪的なのです。

 「大阪24区 ええもんの顔。」の中では、浪速区の顔として「なんばパークス」ではなく「樽幸製作所」を、此花区では「USJ」ではなく「克政」を取り上げています。人が暮らしている街の中でその店とどう関わったか、この店は街の中で、自分の中でどんな存在なのかを表現すること、すなわち『街的』であることを大事にしているのです。
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 ものや店として良いだけでなく、一回ひねりの面白さに富んだ「ええもん」を紹介したこの本。実は一人のカメラマンの目ですべての写真を撮っている、といったところにもインパクトの理由があるようです。本屋で見かけたら、ぜひ一度、お手にとってご覧ください。

*掲載:大阪ブランド情報局・大阪万華鏡 
 http://www.osaka-brand.jp/kaleidoscope/topics/index.html


2007/10/03(水)
なにわ野菜のブランド化、その取り組みと意義







全国各地で「伝統野菜」をブランド化させる取り組みが広がっている。いち早く取り組んだ京野菜は有名だが、大阪でも、天王寺蕪(かぶら)・毛馬胡瓜(けまきゅうり)・勝間南瓜(こつまなんきん)・吹田慈姑(くわい)・泉州玉葱・田辺大根など、形・味・食感に強い個性を持った「なにわ野菜」が注目を集めている。

上野修三氏の取り組み

高度成長以降、生産量が激減し、忘れ去られかけていたこれらの野菜の発掘・復活に尽くしてきた一人が、『浪速割烹 喜川』『天神坂上野』の元店主で料理研究家の上野修三氏。氏は古い文献を読みあさり、今ではほとんど知られていなかった「なにわ野菜」を求めて、大阪の畑を歩き続けた。細々と栽培されている伝統野菜を見つけ、生産者の人たちの話を聞き、素材の特質を知り、そして積極的に自身の料理に取り入れることで、なにわ野菜を料理関係者や生産者、市場関係者、学者らに紹介してきた。

生産者支援のシクミづくり

こうした取り組みの結果、さまざまな伝統野菜が復活したが、一方で、栽培が難しい、手間がかかる、コストが高くつくため市場競争力が弱い、生産者が高齢化し後継者が不足している、といった課題も浮かび上がってきた。上野氏は「浪速魚菜を食べよう会」(後に「浪速魚菜を守る会」)の一員として生産者支援を開始。主に割烹料亭やフレンチ・イタリアンのレストランの食材として、伝統野菜が流通する仕組みを作り上げていった。会員数は一時200名近くとなり、その活動は現在、NPO法人「浪速魚菜の会」(2003年発足、代表理事・笹井良隆)に受け継がれている。また大阪府・市も伝統野菜の認証、販売店の紹介、伝統野菜を使った加工品創出事業に取り組みはじめている。

なくなりつつある伝統野菜

伝統野菜を広めていく運動は、昔からその土地に根付いてきた固定種の野菜を残していく運動でもある。
私たちが普段食べている作物の大半はF1種(一代交配種)と呼ばれる改良品種で、病害虫に強くて収穫量も多く、色や形がよくて見栄えがいいため1960年代に急速に普及した。大量生産が可能になったことで生産コストも下がり、現在では割高の在来種の伝統野菜を栽培する生産者はかなり少なくなっている。その土地に合った、食べて美味しい、安心して食べられる野菜を取り戻すことができるかという課題に、私たちは直面しているのである。

伝統野菜のブランディングとその意義

近年、スローフードブームの中で、伝統野菜が息を吹き返しはじめている。それに歩みを合わせるように、全国的に農産物のブランド化の動きが強まってきている。先駆けは京野菜。京都府・市は1970年代後半から伝統野菜の産地育成に乗り出し、1989年よりブランド京野菜の認証を始めている。現在では「九条ねぎ」「聖護院(しょうごいん)だいこん」「賀茂なす」など21種類が認証を受けている。その後加賀野菜、なると金時、博多万能ネギなどのブランド野菜が各地に誕生、農産物は新興産地を含めブランド化時代を迎えている。

農産物のブランド化は今や、商品のイメージアップだけでなく食の安全・安心、知的財産保護などを含めた地域活性化戦略として展開されつつある。伝統野菜をブランド化することは、その地域の“食”を守っていくことに他ならない。なにわ野菜についても、生産・流通面での課題の克服とさらなるブランド化を、より多くの人たちのニーズを反映した形で進めていくことが求められている。

*掲載:大阪ブランド情報局・大阪万華鏡 
 http://www.osaka-brand.jp/kaleidoscope/shoku/index.html


2007/10/02(火)
ゲストハウス化、進行中









7月のクレオカフェセミナーを
受講されていた伊東祐美子さんが
現在ゲストハウスを作っています。

場所は大阪市西成区山王町。
動物園前と天王寺の真ん中あたりを
南にいくらか下った住宅街の一角です。

まだ改装にかかったところで
漆喰を塗るために壁を剥がしたり
床にグラインダーをかけたりしています。

ハワイに住んでいる友人や
自転車で日本一周をしている途中の友人が
手伝いに来てくれているそうです。

オープンは11月か12月頃でしょうか。
女性専用のゲストハウスと
セミナースペースを作る予定だそうです。

現在手伝ってくれる人、大募集中だそうです。
もし手伝ってもいいという方がおられましたら
僕の方までご連絡ください(singles@do.ai)。

※ちなみに次回カフェセミナーは10/18に始まります。
 http://www.creo-osaka.or.jp/jigyo/cafeowner3nd.html


2007/10/02(火)
きちんと野菜/六甲山がおもしろくなっていた









9/25売のエルマガジンは野菜特集。
cafe milletの鈴鹿樹里さんが出ています。
コモンカフェも写っています。
http://www.lmagazine.jp/magazine/lmagazine/issue/current_issue/index.html

9/28売の神戸ウォーカーは六甲山特集。
六甲山カフェとリュックサックマーケットで
8ページ割いていただいています。
http://www.kxm.co.jp/new/kow/index.html

どちらも作り手側の思いがきちんと伝わるいい雑誌です。


2007/09/27(木)
お庭マルシェ
クレオ大阪中央の3Fに
チャレンジカフェがオープンしたのはこの4月。

半年間の期間限定のインキュベーションカフェ。
第一回目のお店として営業してきた
melon d'eau(ムロンドー)さんは
9月末で卒業となります。

最終日には、カフェ横のテラスを使って
スタッフの雑貨や服、お店で使用していた小物等を
販売する、小さなマルシェを開くそうです。

当日は喫茶営業も行なっているそうです。
ご興味ありましたら、どうぞ。

大阪市天王寺区上汐5-6-25   
クレオ大阪中央3F melon d'eau
http://komugimon.exblog.jp/


そして10月6日(土)からは
「Cafe Space CLUE」というお店が始まります。
スウィーツとドリンク中心の営業になるそうです。


2007/09/26(水)
夜酔の宵@神戸酒心館(2)







後半にはルイスにも登場いただき
のマドのお二人とセッション。
ちょっと緊張気味のルイスでした。

ライブの後は、お客さんともども
王子公園にあるギャラリー夢創館で
開かれていたガーデンパーティに合流し
楽しい時間を過ごしました。


生まれたときから僕らの周りには
海外のいろんな文化があふれていて
僕らは自然にいろんなものを吸収してきました。

いわば“遊牧民”として生きてきた僕らが
培ってきた美意識や価値観を通して
自分たちが生まれ育った国の文化
その素晴らしさを再認識できる時期に
そろそろさしかかっているような気がします。

夜酔の宵。
さて、今度はどんな展開になるでしょうか?


2007/09/26(水)
夜酔の宵@神戸酒心館(1)









9/23(日)は「夜酔の宵」の本番。
大きなホールなので心配でしたが
多くのお客さまにお越しいただきました。

のマドのお二人が、日本の名曲、ボサノヴァの名曲、
そしてオリジナル曲を織り交ぜてお届けしました。

そして間に、神戸酒心館のソムリエの方に
日本酒ワークショップを開催いただき
吟醸酒と純米酒の味わいを教わりました。


2007/09/22(土)
生活マイナス車
10日ほど前、駐車場に留めていた自家用車の
フロントライトがつきっぱなしとの連絡を受けつつ
どうすることもできず深夜に帰宅すると
案の定バッテリーがあがっていました。

週末を待ってJAFを呼ぶと
バッテリーは回復しましたが
フロントライトは消えません。
このままではまた同じことになるので
そのままディーラーまで走って修理を依頼したところ
他の不具合も含めて11万かかると言われました。

来年1月に車検を控えた14年物の中古車。
修理という選択肢はまあないわけですが
新たに車を買うのをいったんやめて
自家用車がない生活を再確認する
という試みをとりあえず半年ほど
続けてみようかと思っています。

割と都心に近い郊外に住んでいるのですが
日用品を買うお店が近所に制限されたり
図書館に行くのに自転車で15分かかったり
行動半径は明らかに狭くなります。
家族での活動にもいくらか支障は出るのですが
動ける範囲の中で事足るようにするには
どうすればいいのかという感覚が
研ぎ澄まされてきて、いい感じです。


2007/09/21(金)
9/23(日) 夜酔の宵









さて、直前告知でございます。

昨年5月にコモンカフェで開催した
日本酒を飲みながら「のマド」の音楽を聴く
「夜酔の宵」の第2回目が、9/23(日)に開催されます。

今回は会場を神戸酒心館に移し
酒心館10周年記念イベントの一環として開催。
蔵出しされたばかりの「ひやおろし」のお酒と
のマドが奏でる世界の音楽をお楽しみいただきます。

コモンスタイルのルイス・ネグロンさんも出演が決まり
関西在住の外国人の方々にも広くお伝えしております。
国際色あるイベントになりそうです。


前売料金でのお申し込みは、下記の申込先のほか
singles@do.ai でも承ります。
連休の中日ですが、ぜひぜひ、お越しください。
※僕はずっと会場にはりついています。
.....................................................

「夜酔の宵 vol.2 〜<のマド>とおいしい日本酒(みず)〜」
Yoyoi no Yoi Come Enjoy An Evening of Bossa Nova and Sake 


日本を代表する灘の酒の産地、、おすすめの日本酒と共に,<のマド> の和み音楽(nagomusic)を楽しんでいただきます。
これまで日本酒には馴染みがなかった方、よいイメージを持っていなかった方も、古くて新しい清酒の世界を<のマド>と一緒に旅してみませんか?
ボサノヴァ、ジャズ、フォークなどの影響を感じさせる小粋なオリジナル曲に加えて、日本のスタンダード曲をお贈りします。


The Kobe Shushinkan Brewery,established in 1975, is located in the Nada district of Kobe, an area recognized for centuries for producing some of the finest sake in Japan.
Supplying the entertainment will be the duo Nomad with Keiko Yamamoto (vocal and chromatic harmonica) and Yu Nakai(guitar). Nomad express what the Japanese call nagomi ・・・ a feeling of happiness and peace of mind.
Their performance will include standard Japanese songs and their original music, influenced by bossa nova, jazz and folk tunes. Please come join us for some lively music and take part in our sake workshop in our
traditional wooden brewery hall.

■日時:2007年9月23日(日) 開場 16:30 開演 17:00
■会場:神戸酒心館 酒心館ホール 神戸市東灘区御影塚町1-8-17
■料金:\2,500-(前売) \3,000-(当日) ウェルカム日本酒2杯付
■主催:<のマド>, 神戸酒心館
■お問い合わせ:神戸酒心館 TEL:078-841-1121 http://www.shushinkan.co.jp
e-mail: info@shushinkan.co.jp

のマド
‘和み’=日本的幸福感を表現する男女ユニット。
[山本敬子(ボーカル・クロマティックハーモニカ)&中井優(ギター)]
http://www.nomadmusic.info



2007/09/13(木)
クリエイターとして働くこと、実情と未来
大阪ライフスタイルコレクションの一環で
10/10(水)夜にこんなセミナーがあります。
http://o-lc.jp/seminar/index.html

主に学生に向けたものですが
ご興味ありましたら。参加無料です。


2007/09/09(日)
上昇志向とタニマチ
江戸時代には人口のほとんどが商人だった大坂。
士農工商という封建的身分制度の下位に置かれた大坂商人たちは
商取引について国内で圧倒的な優位を築いていきました。

領主を持たなかったこと、農業や漁業での
共同作業の必要性に迫られなかったことが
地域としての帰属意識の高いコミュニティを
形成するというよりも、問屋町として
全国の物流の集散地となり、いろんな地域から
一旗上げようという人たちが集まってきて
しのぎをけずり、そこで成功した人たちが
富の一部を社会に還元する、という
パターンを作り上げてきたようです。

八百八橋の多くを町人が架けたとか
稀代の相場師が中之島公会堂を建てたとか
市民の寄付で大阪城が再建されたとか
この町にはそういうタニマチ譚がいっぱいあります

この気質は最近まで健在だったようで
サントリー社長の佐治敬三さんの働きかけで
民間が行政を巻き込んで「御堂筋パレード」が
始まったり、太陽工業社長の能村龍太郎さんが
私費を投じて「大阪コレクション」を立ち上げ
それが官民一体として運営されるようになったり
ということが20年前には起こっていました。

多くのタニマチを輩出する街とは
なかなか素敵な感じなのですが
タニマチが去った後に公共財を守り続けるのが
行政組織に変わってしまうことで起こる
「本質に至らない病」について
そろそろ自覚的である必要があるなと思います。


2007/09/08(土)
創造都市・市民意見交換会
の進行役をおおせつかりました。
9/10(月)19:00〜@大阪市総合生涯学習センターです。
http://www.city.osaka.jp/keieikikakushitsu/toshikeiei/pdf/sozotoshi_04.pdf


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shiromuku(hu1)DIARY version 3.02