過去の日記 19

2005/03/25(金)
アングラ・アングラ
 アングラ(「アンダーグラウンド演劇」の略)とは60年代後半に起こった日本の前衛劇運動のことで、「小劇場運動」とも呼ばれる。新劇に対するアンチとして展開されたこの運動は、既成の劇場ではない場所(上映終了後の映画館、地下劇場、テントetc.)での上演にこだわり、戯曲中心主義・劇作家中心主義を批判し、役者の肉体を演劇の中心においた。

 60年代は急速に資本主義が高度化し、産業構造の転換が起こった時代であった。急速に進む都市化、そこから生じるさまざまな歪みに対してさまざまな形で異議申し立てがなされた。きわめて政治的な状況の中で、「実力行使」をもって権力に対抗したのが新左翼勢力であったが、「想像力」をもって対抗したのが、サイケ、アングラ、フォーク、実験映画…この時代に生まれたさまざまな表現であった。

 プレモダンなもの(始源的な混沌状態・土俗性・いかがわしさ)をもってしたモダンの超克、都市と都市ではない別の領域との落差の最大限の利用、従来の演劇を保証する制度の解体、などなど、アングラは現在の地点からはその意義についてかなり整理されて理解されている。

 ただ、こうした評価が定まる前には、アングラは「わけがわからないもの」として観客の前にあった。既存のコードでは読み解けないものに対して、さまざまなジャンルのエリートがその現場に立ち会った。こうした状況はひとり演劇においてのみならず、あらゆるジャンルにわたっていた。演劇が演劇としてだけでなく「事件」としてあった時代、そしてあらゆる文化がインタラクティブに作用し息づいていた時代として、60年代は伝説として語られる。

 その後「異議申し立て」の時代の終焉(「反体制」の挫折、より不可視となる権力構造、資本の論理による空間の均質化)とともに、時代と拮抗する表現として生まれたアングラは変容を余儀なくされる。スタイル(または「生きざま」)としての模倣者の増加、演劇の娯楽化にともなう観客層の変質、集団的作劇法の普及とメソッドの拡散などもあいまって、カウンターカルチャーとしてのアングラは現在、その鮮度期間をすでに超えてしまっており、そのまま現代に利用できるものではないであろう。

 しかしながら、外部世界を取り込み、そこから現在を逆照射し、「いま、ここ」を異化するまなざし、といったものは現代の演劇を成立させる上でも応用可能ではないかと思うのだが、いかがであろうか。

<掲載:THE BAG MAGAZINE 第12号(2000.11.18発行)>


2005/03/24(木)
リアルであること、とは?
 小劇場の芝居では、死んだはずの人が次の場面では生きて現れる、シーンがいつの間にか時空を超えている、登場人物がある場面では別の人物(時に動物)になって出てくる、なんてことがよくある。
こうした荒唐無稽さは、普通に考えるとリアリズムの対極にあるもののように思える。そして「何でもあり」な軽薄さが小劇場の醍醐味だ、などとまことしやかに言われたりもする。
 だが、リアルであるとはどういうことなのか?僕達はもう一度考えておく必要がある。

 ある作品にリアリティがある、というとき、それは単に舞台上において現実世界を正確に写し取っているということではない。最終的に「人間って、社会ってこういうもんだよね」と観客に伝えられる作品こそがリアリティを獲得した作品なのである。そして小劇場演劇の表現においては、リアリティを追求する際に、写実性をあえて捨て去ることが往々にしてある。

 南河内万歳一座の芝居に「夏休み」(作・演出:内藤裕敬)という神戸の震災をモチーフにした作品がある。この作品の中には、盗賊達が老婆を嬲り殺しにするという描写がある。このシーンは直接的に見れば残酷極まりない場面なのであるが、実はこの表現は同じような仮設住宅が百棟もあり、その中で老婆が自分の家を見つけられずに行き倒れた、という事件を虚構化したものである。この虚構を通じて内藤氏は「被災地ではこんな悲惨なことがあったんじゃないの」と問いかけている。

 つまり、人間や社会を正確な写実としてでなく、現実からある程度の距離をとった「虚構」を設定して描き、そこへの迂回を行うことによって最終的に「リアル」に至る、というのが小劇場的なリアリティの追求方法なのである。ここでは、表現者は現実を正確に写し取る、という次元ではなく、観る側の想像力を凌駕し、普遍性に到達する虚構をいかにひねり出すか、という次元で勝負している。

 むしろ僕達は、ありのままの現実を舞台に上げることに「表現的価値」はあるのか、ということを問題にした方が良いのでははいでしょうか?…ちなみに伝統芸能と呼ばれる能・狂言・歌舞伎においても、写実性は重要視されていなかったそうである…

<掲載:THE BAG MAGAZINE 第11号(2000.9.16発行)>


2005/03/23(水)
わかりにくい芝居
 「ゴドーを待ちながら」という、小劇場では有名な戯曲がある。主人公の二人がゴドーという人を待ちながら時間をつぶしている、というだけの話である。そこには、従来の演劇において重視されていた「物語」「葛藤」「劇的展開」といったものは全くない。サミュエル・ベケットにより書かれ、1953年にフランスで上演されて後、大いに物議を醸したこの作品は、その後の演劇の方向性を変える“金字塔的作品”となった。

 アンチ・テアトル(不条理演劇)と呼ばれる、従来の演劇の枠組みを崩壊させた演劇の登場は、結果としては逆に演劇の概念を果てしなく拡張するものともなった(言ってみれば、現代美術におけるデュシャンの「泉」みたいなものであった)。

 ベケットが開けたパンドラの箱は、従来の批評の枠組みでは捉えきれない演劇を生み出すことにつながり、必然的に作品に対する評価を難しくした。現代の小劇場演劇においても、「わかりにくい」作品は少なくなく、専門の評論家の間でも評価が分かれることがしばしばある。

 では、前衛的な、わかりにくい芝居に対して、我々はどういう態度を取るべきなのか?こうした芝居は「わからない」ことを楽しみ、有難がるべきものなのか?…結論から云えば、NOである。

 演劇に限らず、一般的に表現というものの良し悪しは「普遍性」と「新奇性」の2点によって判断される。「普遍性がある」とは、作品という個人の想像力から出発したものが他者の琴線に触れ、他者にとってリアリティを持ち得る、ということである。古今東西を問わず「名作」と称される作品は、この「普遍性」ゆえに高く評価されている。一方「新奇性がある」とは、これまでにない新しい切り口で表現を行っている、ということである。この観点から見れば、不条理演劇が評価された理由が理解できる。そして現代芸術として成立するためには、この「新奇性」が必須の条件となっている…「アンディ・ウォーホールは二人はいらない」…

 こうして見てみると、「わかりにくい」芝居の本質が見えてくるのではないでしょうか。ただし、「新奇性」があるかどうかを見極めるためには、何が新しいのかが分かる程度に演劇界全体の状況が見えている必要があるのですが…

<掲載:THE BAG MAGAZINE 第10号(2000.7.22発行)>


2005/03/22(火)
「小劇場」とは?
5年ほど前にフリーペーパー「THE BAG MAGAZINE」で
「時をかける小劇場」というタイトルの連載を
させていただいたことがあります。

16回続いた連載で、前半では小劇場演劇の表現について
後半では小劇場を支える経済システムについて書いていました。

今読み返すと内容も文章も稚拙な部分が多く
またちょっと古い話なのですが
ただ寝かせておくよりはと思うので
16日間かけてご紹介してみようかと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1.「小劇場」とは?

 そもそもの起源を辿ると唐十郎や鈴木忠志、佐藤信らが60年代に始めたアングラ演劇に行きつくわけだが、今ではアングラありお笑いあり実験的なものあり静かな演劇あり、と何でもあり状態の「小劇場演劇」。自らつくりだした小空間で行う芝居、という本来のコトバの意味を超えて、「古典芸能でも新劇でも商業演劇でもない」演劇の総称として一般に通用している(ちなみに最近では「現代演劇」と呼ぶことも多い)。

 小劇場演劇の観劇人口は決して多くはない。ほとんどの劇団は1公演で数百人〜数千人のお客さんを集める程度である。しかしマスコミや演劇関係者に注目され評価されているのは圧倒的に小劇場または小劇場出身の劇団・作家・演出家である。これは極論すれば、今や小劇場にしか表現性にこだわり、新しいものを生み出していく土壌がない、ということであろう。

 一方において、小劇場における表現形態は先に述べたように多岐にわたっており、「劇団の数だけ方法論がある」と言われるほどそれぞれ独自の方法論を作り出してきたため、それらすべてを網羅できる共通言語を、表現者も批評家もいまだ獲得し得ていない、という現状がある。そしてそれゆえに、作品の良し悪しを評価する基準が一般のお客さんにはわかりにくくなっている。

 さらに映画の場合であれば配給会社があり、表現者が作り出した作品に対して表現性・および経済的観点からのチェックがかかるため、余程ひどい作品が映画館で上映されることはあまりないのであるが、演劇の場合は基本的にはそうした品質保証システムがないので、たまたま観に行った芝居にウンザリして二度と劇場に足を運ばなくなる、というケースが往々にしてある。こうした事情から小劇場界は非常に狭い、タコツボのような閉じた世界に留まってしまっている。

 さて、このタコツボを開くにはどうすればいいのか?そのへんを次回以降に考えてみましょう。

<掲載:THE BAG MAGAZINE 第9号(2000.5.20発行)>


2005/03/20(日)
その先にある「編集」






「BOOKMAKERS' DELIGHT」のトークセッション
「その先にある編集 〜コンテンツが本になるまで〜」が
昨日終了いたしました。
多数の方々にお越しいただきました。ありがとうございました。


今回のトークセッションは、3つのポイントに沿って
実際にコンテンツを本にしている方々にお話しいただきました。

1.関西の出版事情は厳しい。ほとんどの本や雑誌は
  東京で作られているのが現状である。
  しかし関西にもコンテンツはいっぱいある。
  それをどんどん形にして、流通させていくことができれば。

2.本にしたいコンテンツを持っている人は多い。
  しかしそれは実際にはどれ位売れるものなのか?
  また出版側としては、どういう条件が揃ったときに
  「出版しましょう」と言ってくれるのか?

3.それならいっそ自分で本を出してしまおう。
  どれ位の部数を刷って、どうやって流通させて
  いけばいいのか?気をつけておくべき点は?


藤本智士さんには「パグマガ」「Park」
「BOOK COVER × BOOK」「すいとう帖」などの活動について

ヤマモトヒロユキさんには
「Water Planet」の出版と流通について
また現在メビック扇町からお願いしている
「大阪ブランドブック」について

山崎亮さんには
「環濠生活」「ユニセフパークプロジェクト」
「けんちくの手帖」プロジェクトについて

それぞれ30分ぐらいずつお話しいただきました。

そしてエルマガジンの竹内厚さん
新風舎の上田美恵さんには
商業出版・企画出版での現状について
触れていただきました。

そして会場にお越しいただいていた
アートアンドクラフトの中谷ノボルさんには
「STOCK×RENOVATION」の書籍出版について

カメラマンの谷口菜穂子さんには
「コンパクトデジカメのレシピブック」について

それぞれご紹介いただきました。

ついでに僕は、六甲山カフェでの
「六甲山茶屋マップ」構想について話してみました。


なぜ「その先にある出版」ではなく「編集」だったのか?
それは実は、今まで紙媒体の形にしようと思ってみなかった
コンテンツに大きな可能性がある、ということだったりします。

トークセッションの中で藤本さんが
「すいとう帖」を持って
魔法瓶工業組合にプレゼンに行ったことで
大手メーカーの社長から連絡があった
という話をされていましたが
これと同じ反応が魔法瓶のオリジナルデザイン商品を
持ち込んだときに起こっただろうか、と考えています。

いったん紙媒体を経由してコンセプトを伝えること
それは商品自体よりもブログよりも
可能性があることなのかも知れません。

紙媒体がいちばんリスクの低い
プロダクトであると考えてみること。

その先に何かありそうな気がしています。


2005/03/17(木)
さいきんはこんな感じです







■メビック扇町での「De-sign Room」。
 ずいぶん出品が増えてきました(左)。
  
 デザイナーが自身でデザインして
 商品化したプロダクトが並んでおります。
 3月25日(金)までとなっておりますので
 未見のかたはぜひお越しください。
 ※21日(祝)は休みです。

■今日からメビック扇町で
 「BOOKMAKERS' DELIGHT」が始まります。
 
 関西発の書籍・ミニコミ・フリーペーパーが
 並んでおります(右)。
 19日(土)にはトークセッションも行いますので
 こちらもお越しいただければ。
 http://www.mebic.com/event/index.htm

■4月8日(金)に始まるNHKの番組
 「ビジネス未来人」の第一回に
 出させていただくことになりました。
 http://www.nhk.or.jp/spring/47.htm

 昨日はスタジオ撮りで名古屋まで行ってました。
 今日・明日までコモンカフェにカメラが入っております。
 放映は4月8日(金)午後10時25分〜10時50分の予定です。

■昨年11月に芦屋ロックガーデン・大谷茶屋で
 プレイベントを行った「六甲山カフェ」ですが
 4月25日のヤマケイ「ちょっと山まで六甲山」の
 出版に合わせて、4月29日(祝)にコモンカフェで
 イベントを行う予定です。

 また、さいきんはパークエディティング藤本智士さんの
 「すいとう帖委員会」の動きとコラボしつつあります。
 http://www.suitouchou.com/main.html

 六甲山の茶屋を見直そう
 六甲山というブランドを見直そう
 六甲山のおみやげをつくろう
 という動きと
 水筒を見直そう
 水筒を持つライフスタイルを見直そう
 新しい水筒をつくろう
 という動きが合流しつつある、という感じです。
 
以上、近況報告でした。


2005/03/10(木)
何かが輝いてみえる場所
10年前、僕は臨海工業地帯にある
製造所で働いていました。
毎日作業服を着て、昼食は所内にある社員食堂。
仕事中に外に出ることはほとんどありませんでした。
時々本社で研修があるときに30分ほど時間をごまかして
本社近くのドトールに行き、窓から外を眺めて
コーヒーを飲んでました。
仕事の合い間にドトールでコーヒーを飲む
そんな生活に憧れていました。

シングルズの常連だった友人が
以前難波のビッグカメラで働いていたときに
精華小学校でチラシを配っている劇団員をみて
何かが心に引っかかっていた、という話をしました。
ビジネスのサイクルから遠い場所で
自分たちのやりたいことのために動いている人たちが
みずみずしく見えていた、と。
そしていま職を失って、いっそうそこが輝いて見えると。


ひとがどんなバックグラウンドを持っていて
何に自分の強い思いを寄せているのか。
これは他人にはちょっと分かりにくい話です。
でもそういうものが、何かを動かす大きな原動力に
なったりすることがあるんだろうと思います。

この10年ほどいろんなことをするうちに
自分自身にはこういう落差が
ほとんどなくなってしまったのですが
ほかの人には今なにが輝いて見えていて
その結果その人が何を始めることになるのか
そんなことにさいきんは関心があります。

でも本当は、自分自身が
もう一度その場所に戻ってみたいのかも知れませんが。

ちょっとうまく書けませんでしたが
これ、わかるでしょうか?


2005/03/09(水)
BOOKMAKERS' DELIGHT
告知が直前になってしまいましたが
今年も「BOOKMAKERS' DELIGHT」をやります。
http://www.mebic.com/event/index.htm

この企画はもともとFM802の
谷口純弘さんが南船場の
under×publicではじめたものです。
去年からメビック扇町の企画として
継承させていただいております。

関西発のフリーペーパー・ミニコミ・
出版物の展示というのが大まかな趣旨ですが
今回は関西にいて「本にしたいコンテンツ」を
持っておられる方々に焦点を当ててみたいと
思っています。

どうぞよろしければ足をお運びください。
以下企画詳細です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

扇町ショウケースVol.4「BOOKMAKERS' DELIGHT」
3/17(木)〜20(日)

「BOOKMAKERS’DELIGHT」は、「本」をテーマにものづくりをおこなうデザイナー・クリエイター・印刷会社・書店、および関西においてさまざまな活動をしているプロデューサーの方々にお集まりいただき、その取り組みを紹介するコラボレーション企画です。

■ショウケース
 関西発のフリーペーパー・ミニコミ・出版物の展示
 会期:2005年3月17日(木)〜20日(日)13:00〜21:00
 入場料:無料

■トークセッション
 「その先にある編集 〜コンテンツが本になるまで〜」
 日時:2005年3月19日(土)16:00〜18:30 
 参加料:1500円
 パネラー:
  竹内 厚氏[『エルマガジン』副編集長 (株)京阪神エルマガジン社]
  上田美恵氏[出版プロデューサー・編集者 新風舎/大阪]
  藤本智士氏[編集者・ライター (有)パークエディティング代表] 
  ヤマモトヒロユキ氏[アートディレクター (株)ピクト代表]
  山崎 亮氏[ランドスケープデザイナー 『けんちくの手帖』主宰]ほか

■BOOKMAKERS’DELIGHT 出展者・プレゼンテーター募集中
 ショウケース(3/17〜20)またはプレゼンテーション(3/19)に参加いただける方を募集しております。

●ショウケースへの出展
 フリーペーパー・ミニコミ・書籍をつくっている方、書店を経営されている方などで参加を希望される方はMebic扇町までご連絡ください。ご連絡をいただいた方に出展要項をお送りします。

●トークセッションへの参加
 トークセッションにプレゼンテーターとして参加いただける方を募集しております。
 本にしたいコンテンツをお持ちの方などで参加を希望される方は「本にしたいコンテンツ」についての簡単な企画書(形式は自由)をMebic扇町までお送りください。企画内容を検討させていただき、後日こちらからご連絡をいたします。
※企画内容によりご希望に添えない場合もありますのでご了承ください。


2005/03/05(土)
どうする、タミフル
インフルエンザにかかりました。

日曜の夜にカフェに入っているときに
だんだん声が出なくなってきて
月曜に咳が出はじめました。
火曜の朝には38度3分の熱が出ました。
病院に行くと「B型です」と。

もらった薬を飲んで寝たら熱が下がったので
夕方に出勤して仕事を片付けていましたが
水曜の朝には39度になりました。

この日は完全に休んで寝ていましたが
今度は夜に寝られなくなり大変な思いをしたので
木曜はどうにか出社して仕事をしました。
金曜になると喉の痛みはあるものの
普通に動けるまでに回復しました。
そして1週間分の仕事とメールの整理をしました。

そんな1週間でした。


タミフル:抗インフルエンザウイルス剤

インフルエンザの症状が発現してから
48時間以内に投与を開始すれば
ウイルスの増殖を抑え、症状を早く
回復させる効果があるそうです。

逆に症状が発現してから48時間以後に
投与を開始した場合は効かないそうで。

でもインフルエンザは
ふつうは4日もすれば治るそうです。


2005/02/27(日)
お呼びではなかった
26日。
スケジュールが15分押して
午後3時15分よりpiaNPOにて
common cafeの運営についてプレゼン。

質問で、もっといろんな人が
運営にかかわれるシクミにしてはどうか
という意見をいただいたので
まずブランドをきちんと立ち上げることが先決で
そのためにはみんなで話し合って作るよりも
一人がアートディレクションをしっかりとして
立ち上がってからみんなにかかわってもらうシクミに
移行していくべきだと僕は考えています
と答えました。

3時半に終わって大急ぎで西宮へ。
4時に到着して、20分遅れで
パネルディスカッションに参加。
全く空気を読めていない状態で
これからは個人・SOHOの時代ですね
という話を振られました。

噛み合わないかなと思いながら
請負型の仕事をする人が心がけるべき点と
発注者側が心がけるべき点について話しました。

個人であるかどうかは
あまり関係ありませんよね、と。

終了後にまた大阪港へ。
6時半から審査結果発表でした。

今回6組がプレゼンをして
最優秀賞はなし
優秀賞が1組、奨励賞が2組でした。
残念ながら「common cafeの運営」は落選でした。

ちょっとノリが違う場所に
出て行ってしまったなという感じです。

ビジネスプランで評価されない
ビジネスプランコンペって何だろう
というのが偽りのない感想です。

その後メビックに寄って1時間ほど仕事をして
北村さんのコモンカフェに寄り
甲東園のD2に寄って
ヤマケイの中村圭志さんと
今日のパネルディスカッションを聞いておられた
アウトドア情報センターの下城民夫さんと
今日のさまざまなネタで盛り上がりました。


2005/02/25(金)
タイトロープな一日
ECC社会貢献センター主催による
「社会起業家のためのビジネスプランコンペ」
というものがあります。

今回縁あって「common cafeの運営」について
応募させていただきました。
おかげさまで、ファイナリストに選ばれております。
http://www.ecc.ac.jp/gakuen/npo/plan0409_2.html 

最終プレゼンテーションは
明日2月26日(土)の午後3時から
審査・表彰は午後6時半からとなっています。
場所は大阪港にあるpiaNPO。


明日26日(土)、阪神SOHO交流会の
パネルディスカッションに呼ばれておりました。
会場は西宮商工会館で、午後3時半に始まります。
http://www.npos.ne.jp/soho/entry.html

プレゼンを1番目にしていただけたのですが
たぶん終わるのが午後3時15分。
そこから西宮まで車で湾岸線を飛ばしても25分。
すみません・・・な感じです。

そして午後5時にパネルディスカッションが終われば
また湾岸線で大阪港まで。

ダブルブッキング。
精神衛生上よろしくないです。
ともかく頑張ります。


2005/02/22(火)
遍在するTalkin'About
さいきんTalkin'Aboutについての取材を
2つ立て続けに受けました。

さいきんTalkin'Aboutは
どうなっているんですかと聞かれ
いや、何となく続いていますよ、と。

そう、この企画は相変わらず
何となく続いているのです。

辻本さんの「朗読バー-good WORDS only-」は
毎月コモンカフェで続いていて
「実験哲学カフェ」は雲州堂で続いていて
尾畑さんの「辰巳の会」はコンフィデンスカフェで続いていて
倉田さんの「シネマサロン」は十三のコスタリカで続いていて
「プチ貿易振興事業団」と「六甲山カフェ」は
サロンというよりプロジェクトに発展していて
またときどき新しい企画が立ち上がったりしています。
http://www.talkin-about.com/xoops/modules/eCal/

もう何回やったか分からなくなり
ここ何ヶ月かチラシも作っていなくて
開催しなくなったサロンも多いのですが。

あるテーマについて、集まった人が喋る
ただそれだけのシクミで何百回も続いてきたサロン。
開催する側からすると、参加者が3人でも
意義のある話し合いになれば成功、という企画。

はじめのうちは、こうでなければならない
というラインを決めていましたが
最近は扇町や中崎町や南森町あたりで、何かについて
喋っている状況をあらわす言葉になっています。
僕自身でいうと、日々の打ち合わせやOCC!が
Talkin'Aboutにとても似てきたな、という感じです。

たぶんそんな感じで続いていくのでしょう。
そのうち何日何時にどこに集まって
すらなくなるのかも知れません。
メディアの方には
この説明はちょっと分かってもらいにくかったようですが。

ちなみに取材を受けたのは「大阪人」と「日経新聞」です。


2005/02/17(木)
Others-oriented or die.
1年ほど前に、フリーペーパー「パグマガ」に
こんな広告を載せていただいたことがあります。

Creative solution.
That is an ability to work out an idea in the way that has never created in the field of art.
In the field where “Two Picassos are unnecessary”, it is necessary to grasp the context of arts history thoroughly, and pitch a unique ball.
A copy writer reserves a stock of materials in daily life for writing 100 ad copies in the course of work. Now, we are at a point where not only artists and creators but also each one of us needs to gather varied information, to analyze it, to reserve a stock of ideas and to pitch a ball in a way nobody has ever tried.

Creative or Die !
Now, it is an exciting time for those who live creatively, otherwise, it is hard to survive.

Do creatively! Mebic

日本語に訳すとこうです。

クリエイティブな問題解決能力。
それはアートやクリエイティブで要請される
これまでにないものをひねり出す能力です。
「ピカソは2人はいらない」と言われる分野では
美術史の文脈をよく把握し、誰も投げていない球を
投げることが要求されます。
コピーライターは日々の生活の中でストックを蓄え
一つの仕事で100本ものコピーを書きます。

今やアーティストやクリエイターばかりでなく
一人一人がいろんな情報を集め、それを分析し
ストックを蓄積し、誰も投げていない球を投げることが
必要な時代になっています。

クリエイティブか死か!
今はクリエイティブに生きる人にとっては
とても面白い時代ですが
そうでない人には生きていけない時代です。
 

1年経って読み返してみると
もう一つ大きなポイントがあるなと思います。
それは「他者への視点」です。

自社のブランドが消費者の生活においてどんな意味を持っているだろうか。おそらく消費財の大半は取るに足らない意味を持っているに過ぎない。(中略)生活の快適さや円満な家庭生活、よい友人関係、やりがいのあるキャリア、満足のいく収入、健康や生活の安全などの興味関心が、消費者の意識の95%を占めているといってよい。残りのわずか5%の意識を、何千ものブランドが奪い合っている。

(中略)長期にわたり「羽のような柔らかさ」を提供すると言い続けてきた柔軟剤のブランドを例にとろう。では、その柔軟剤によって羽のように柔らかく仕上がったタオルが、消費者の興味関心リストの何番目に重要か消費者に聞いてみるとよい。おそらく1365位ぐらいではなかろうか。では、どうすれば柔軟剤の「羽のような柔らかさ」を興味関心の上位に位置づけてもらえるのか。ブランドが提供する便益を「ハードな一日の疲れを癒す心地よさ」に変えてみてはどうだろう。(中略)おそらく興味関心リストの上位10位以内に入るはずだ。そこに柔軟剤のブランドが真に満たすべきニーズがあったのである。

(アンドレアス・ブーフフォルツ&ボルフラム・ボルデマン著「あのブランドばかりなぜ選んでしまうのか」東洋経済新報社、2002より引用)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4492554580/249-7447070-6852313


自分軸の情報発信が飛躍的に増えてきています。
つまりそれが他者に届く確率はどんどん減ってきています。
ただクリエイティブであるだけではそろそろ無理で
他者に届けるためにどうクリエイティブであるか
そしてそれが他者にどんな価値を与えるのか
そこまで考えていないと無理な時代になっています。

(2004年11月の日経ビジネスの特集タイトルに
 「もうCMでは売れない」というのがありました)

受け手としての「私」は
発信者としての「私」を追い抜き始めています。

こんな時代にどう立ち回ることができるのか?
そんなことを最近考えているのです。


2005/02/11(金)
日記との距離
「5年間日記を書き続けた人は何かをなす人で
 10年間日記を書き続けた人は何かをなした人である。」

そんな格言があると
大学時代の友達に教わりました。

僕は16歳から25歳までの9年間
日記を書き続けていました。

あえて10年を待たずに止めたのには
いろんな理由があったのですが
中でも大きかったのは、自分が日記に依存する体質に
なってしまっているという自覚でした。

日々起こったことを忘れないようにする
書いておかないとその一日がなくなってしまう
そんな感じで日記をつけ始めたのですが
日々感じたジレンマやフラストレーションを
日記を書くことで解消するというサイクルになっているのが
何か違うような気がしたんでしょう。

日記なんか書かなくても
酒でも飲んで自分の中で昇華して何も残さない
そんなハードボイルドな奴になろうと思ったんでしょう。


SINGLES PROJECTで
DIARYのページを作ってもらって約2年。
日記依存はなくなったようなので
書き続けていました。

僕が考えることはなかなか理解してもらいにくいので
それをいくらかでも伝えようと書き続けてきましたが
最近は書いていても伝わっていないと
感じることの方が増えてきました。

また、僕はいろんな人と会ったり
いろんな経験をする中で、考えていることが
かなり頻繁に更新されるのですが
日々何かしらについてコメントすることが
とても危ないな、と思うようになってきました。
もうちょっと自分の中で煮詰めて
昇華させたものを外に出したいなと。

てなことで、ちょっと日記を書く頻度を
落とそうかと思っています。
週1ぐらいがいいペースかなと。

この日記を読んでいる方がどれだけいるか分かりませんが
ご承知いただければ。

※common cafeの日々の営みについては
 ブログページをご覧下さい。
 http://www.talkin-about.com/cafelog/


2005/02/09(水)
卓球返信を心がける
日々貯まっていく受信トレイのメールに対して
日付の古いメールから対応するのをやめて
新しく来たメールから対応するようにしてみると
未処理メールが5通にまで減りました。

あれ、何でだろう?

これは人間の行動心理によるものか
それとも僕だけの話なのか?

雑に返信してるだけかも知れませんが・・・

夕方に中崎町のSalon de AManTOで夕食。
久々にJUNさんと話しました。

企業のミーティングや会議を
会議室ではなくてカフェで開催すると
会議が活発になったりクリエイティブな意見が出たり
ネットワークが広がったりする、という仮説を
僕は持っているのですが
そんなことをAManTOやcommon cafeで
実験してみましょうかという話で盛り上がりました。

夜12時近くまで仕事をして
帰り際に10分だけ東通奥のRAIN DOGSへ。
リトルハヤタのお二人にお会いしました。
23日に初のアルバムを出すそうで。

シングルマンがお店を辞めたという噂を
聞いていましたが、どうやら本当のようで。


2005/02/07(月)
souvenir du mondo
今日(6日)
南船場の順慶ビルディングに
雑貨店「souvenir du mondo」が
オープンしました。
http://www.air-souvenir.com/top.html


もと扇町ミュージアムスクエアにあった
雑貨店「souvenir」の元店長の大出さんと
元副店長の和泉さんが
2年越しでオープンさせたお店です。
今年のはじめにフランスに行って
買い付けてきたばかりの雑貨がいっぱい並んでいます。

詳しいアクセスはこちら。
http://www.artniks.jp/junkei/access.html
ぜひ覗いてみてください。


2005/02/03(木)
Á Paris (30/1/2005)
朝7時半にホテルを出て
シャルルドゴール空港へ。
順調に搭乗手続きを済ませて
おみやげを買い
搭乗ゲートそばのカフェで
新聞を読みながらくつろぎ
ゲートのそばで待っていると
放送で名前を呼ばれました。

どうやら手続きを済ませた後に
ゲートが変更になったらしく
またしても僕待ちの状況になっていました。

スチュワーデスの方には
アナウンスしていたんですけどね、と。

この航空会社は、自信満々な英語で
やけに早口でアナウンスをします。
僕にとっては黒板に字を書いてすぐ消す
先生のような存在です。

アムステルダムでは空港の中にある
“HET PALEIS”というカフェで時間をつぶしました(左)。

ここは1929年に焼失した“Paleis voor Volksvlijt
(Palace of Culture and Art)”という
アムステルダムの文化と娯楽の殿堂のような場所を
2004年に空港の中に復活させたものだそうです。
べつにアートイベントをしているわけではないですが
活気があり、とてもいいお店でした。

オランダという国も、人を惹きつける物語性
ということに自覚的なのかなと。

アムスから大阪に帰る途中の機内で流れていた
「バーバー吉野」という映画を観ました。
http://www.pia.co.jp/pff/barbar/
なんともいい感じの映画でした。

ぴあフィルムフェスティバルという
自分軸の表現からスタートした監督が
ぴあ+TBS+TOKYO FM+日活+IMAGICAの製作
ユーロスペースの配給で
国内と海外の映画祭(=見本市)に出て
機内上映権も売れて
たまたま機内に乗り合わせた日本人と外国人が
その映画を観ているという構図。

やはりシクミはうまく作っていかないとなと。

大阪に戻ったのは31日の午前9時過ぎ。
スーツケースを待っているといつまでたっても来ない。
みんな行ってしまって一人になっても来ない。
窓口に訴えると「アムスで止まってますね」と・・・

そんなトラブルだらけのパリ出張でした。
ちなみにスーツケースはその後無事戻りました。

最後まで読み進んでいただいたみなさま
どうもありがとうございました。お疲れさまでした。
自分の備忘録のつもりで書いているので編集は甘いですが
どなたかの参考になることがあれば幸いです。

では、明日以降はまた普通の日記に戻りますので。


2005/02/03(木)
Á Paris (29/1/2005 vol.2)
RERでバンリュー(郊外)に向かうと
線路や工場の壁や橋の下に
グラフィティがいっぱいあるのに気付きます。
日本ではあり得ないほどに描かれています。
写真のような車も街を走っています。

マチュー・カソヴィッツ監督が『憎しみ』の中で描いた
移民労働者や低所得者が暮らすパリ郊外の団地街。
http://c-cross.cside2.com/html/a00hu001.htm
それは日本からはなかなか見えないパリの別の顔です。

パリという都市は日本からは華やかに見えます。
それはあるフィルターを通して見たパリに過ぎないんだなと
街を駆けずり回ってみて思います。

夕方にまたMAISON & OBJET会場へ。
昨日ちゃんと見ていなかった主催ブースの展示を見てから
3号館に出ていた「SUGAHARA」のブースへ。
菅原社長とお会いしました。

千葉のガラスメーカーですが、10年前に芦屋にショールームを出し
3年前からMAISON & OBJETに出展しています。
続けて出してきたおかげで、バイヤーや主催者側との関係も出来てきています。
デザイナーとのコラボレーションも行っていますが
ほとんどのデザインは社内にいる職人が手掛けています。
問屋を通さないで、直接小売店に卸したり
直営店に力を入れるようにしています。

デザインがいいから、だけでなく
社長の人柄と強い意志がこの会社の躍進を支えていると感じました。

その後1時間遅れてJETRO主催のトレンドセミナーに参加。
インテリアの最新トレンドについて、パリのデザイン事務所の方が
講演しておられました。

トレンドは人に教わるよりも
まちに出て嗅ぎ分けた方がいいのではと。

その後ワコール・コーポレートコミュニケーションセンターの
長保幸さんと待ち合わせ、パリ市内に戻り、OPERAの近くで食事。
たまたま時期を同じく開催してた展示会に来られていました。

長さんとは、メビック扇町での「グッドデザイン博覧会」の
トークセッションの時に初めてお会いして
その後いろいろと情報交換をさせていただいています。

 日本では戦前までキモノが着られていました。
 呉服屋が持ってきた生地を選んで仕立ててもらう注文生産の形です。
 今でもデパートではシャツやスーツの誂えがあり、仕立て屋も残っています。
 逆にいえばここ何十年の間だけ、日本は既製服文化を経験したわけです。
 消費が高度化していく中で、メーカーが自分たちの価値観を
 一方的に押し付けるのではなく、顧客と一緒に商品をつくるという
 流れが起こってきていますが、それは単に昔に戻るということではなく
 インターネットや顧客データベース管理という技術の進歩を背景にして
 新たなる価値を提供することだと思っています。

たしかこんなお話をいただいたかと思います。

「豪華(LUXES(リュックス)」の一つの形として
顧客は商品だけではなく経験を求めるようになってきています。
それを支えるのは企業と顧客の「共創」
いいかえれば「自分軸」と「他者軸」の一致なのでしょう。

パリ最後の夜でしたが、風邪をひいて喉が痛かったので
これ以上はじけることなくホテルに戻りました。


2005/02/02(水)
メビック展示会
パリ日記がなかなか終わりませんが
ここで現在のメビック扇町状況を。



「De-sign Room」の状況(左)。
徐々にデザイナーによる出品が増えてきました。
出品は随時受け付けており、商品がある程度集まった時点で
メーカー・バイヤーに大々的に声をかけようかと思っています。


「高野口繊維産地展示会」の状況(右)。

和歌山県の高野山近くにある紀州高野口にある
テキスタイル産地の展示会をやっています。

パリコレクションでの生地の採用
国内外のブランドへの生地の供給など
高付加価値のテキスタイル素材を生み出してきた
生地・製品の展示をおこなっています。

僕がパリでやっていたことは
メビックでの仕事とこう繋がっています。

2月4日にはトークセッションがあるのですが
僕も飛び入りで出させていただくことにしました。
喋りたいことがあまりに多いので。

以下が企画詳細です。ご参考ください。

【会 期】 2005年2月1日[火]-2月4日[金]13:30-21:00
   トークセッション 2月4日[金]16:00-18:00      (終了後交流パーティ)
【スピーカー】
・島田いく子氏
[アパレルデザイナー]
・池田 豊氏[有限会社湧元(Mebic入所企業)[繊維生地輸出]
・坂本麻夕美氏[HARVEST PRODUCTS 雑貨店卸]
【会 場】 Mebic扇町 2階コラボレーション室
【入場料】 無料(※交流会は別途参加費2000円)
【定 員】 50名(※・先着順・トークセッションのみ)
【申 込】 メールに【2-4「高野口繊維産地トークセッション」参加希望・氏名(よみがな)・所属・TEL・e-mail・交流会参加の有無】を明記のうえ、yonamine@isis.ocn.ne.jpまで
【主 催】 関西ネットワークシステム(KNS)、KNSインキュベート研究会 http://www.kns.gr.jp/


2005/02/02(水)
Á Paris (29/1/2005 vol.1)
朝6時にはホテルを出てとある蚤の市に。
6時半には現地に着きましたがまだ始まっていなかったので
1時間ほどカフェで文章書きながら過ごしました。

7時半。まだあたりは暗いのですが商品が並び始めてきました。
お客さんも既にいくらかいて、慣れた人は懐中電灯を持って
商品を照らしながら品定めしています。

基本的にはガラクタのようなものが並んでいるのですが
明らかに売れる商品を並べて強気の値付けをしているところ
一刻も早く現金回収をしたいという弱気が透けて見えるところ
ただ趣味でやっているところなど
モチベーションのありかは様々なようで。

蚤の市というマーケットは、一度商品になって流通し消費された富が
さらなる流通と消費を求めて一つの場所に集まってきたものです。
そこでは商品についての一次情報があいまいになる一方で
セカンドハンドであるがゆえに新たな物語を付加されています。
そうした物語は売り手と買い手とのコミュニケーションによって伝播され
商品はその物語性ゆえの価値を帯びてきます。

つまり相手の言っている言葉がわからないと
商品の価値を生み出す物語を散逸させてしまうわけです。

今回フランスの方と一緒に商品を出している日本人の女性とお会いしました。
この物語をきちんと伝えてくれて、また大量買いだと割り引いてくれるので
プチバイヤーとしての僕はここでほとんどの商品を仕入れました。
ちなみに彼女は普段は絵を描いて売っているそうです。
ちょうどお客さんとして、東京で花屋をやっている方が来られたので
3人でいろいろ話していました。
プチ貿易の話に2人ともとても関心を持っていただきました。

それからとあるスーパーへ。
ちょうどSOLDE(セール)の時期でいろんなものを安く売っていました。
そこでまたいくらかまとめ買いなど。

いったんホテルに戻ってからジョルジュ・サンクまで。
フォーシーズンズ・ジョルジュ・サンク・パリというホテルへ。
http://www.fourseasons.com/jp/paris/summary/index.html
このホテルには専属のフラワーデザイナーがおられるそうで
ロビーにはゴージャスな演出をしておられます(写真右)。
ちなみにお泊りは1泊9万円より。

ここでMASE YUKARIさんという女性と待ち合わせ。
一人で企画・マーケティングのお仕事をされている方で
日本企業のヨーロッパ進出、ヨーロッパ企業の日本進出にあたっての
市場調査を主に手掛けられています。
近くのデザイナーズレストランに場所を移して
食事をしながらいろいろお伺いしてみました。

「フランスという国はTGV、飛行機のエアバスといった工業製品の輸出と
 観光によるサービス輸出で成り立っている国です。」
「世界的にみると、ビリオネア(億万長者)は減少していますが
 ミリオネア(百万長者)は増えてきています。
 ある程度以上富を築いた人たちがステイタスとして必ず消費するブランドは
 その売上を必然的に伸ばしていくでしょう(ヴィトン・フェラガモ・ベンツ・BMW・バカラetc.)
 このステイタスが確立してしまっている分野に後発のメーカーが参入することは
 とても難しいことなのです。」
「海外で商品を売るのなら、その国のライフスタイルに合わせた提案が必要です。
 競合する商品はどんなもので、それはどこで売られていて
 どんな人たちがそれを購入しているのかをまずよく見ておくべきです。
 そして商品を見せるためのアートディレクションから
契約書の締結、受注があったときの出荷の態勢、クレームへの対応まで
かなりの準備をした上で望んだ方がいいでしょう。」

勉強になります、はい。
そしてパリという街のアートディレクションについて聞いてみました。

2002年からパリでは「La nuit blanche(白夜)」という
アートイベントが行われています。
いろんな場所で夜通しイベントが開催されていたり
いろんな場所が夜通し営業していたりするそうです。
また1981年に始まった「FETE DE LA MUSIQUE(音楽祭)」は
プロ・アマが入り混じって街のあちこちでコンサートを開き
それらを市民は無料で観ることができるというもの。
このシクミは現在100カ国以上に広まっています。
これらはパリ市による取り組みです。
つまり行政の中に優れたアートディレクターがいて
さまざまなアートイベントを仕掛けることで、パリという都市の
ブランディングを図っているのです。

MAISON & OBJETの主催ブース「豪華(LUXES(リュックス)」を見たときにも
感じていたことですが、この国はアートやクリエイティブの力を使って
ブランドを構築し、そこから経済が回るシステムを作ることにかなり敏感です。

MASEさんには、またぜひお力をお借りしたいと思っています。

その後パリ市庁舎裏にある「風」「KIMONOYA」というお店へ。
着物や陶器・漆器や調度類・小物などの日本の伝統工芸品を扱うお店です。
15年前からこの場所でお店を開いていて、オーナーは近々
3店舗目を始められます。
古典的な日本の雰囲気を愛する、比較的高年齢の顧客や観光客に
支えられているお店のようです。

そのすぐそばにある「SENTOU」へ。
MAISON & OBJETの「NOW!」にも出展しているインテリア雑貨のショップです。
http://www.sentou.fr/
このショップの中には、千葉県のグラスメーカー「SUGAHARA」の商品が
並んでいます。
デザイン感度の高い、比較的若い年齢層のお客さんが多く訪れるお店でした。

つづく。


2005/02/02(水)
Á Paris (28/1/2005)
朝8時過ぎにホテルを出て
GARE DU NORD(北駅)へ。
RER(高速郊外鉄道)に乗って
Parc des Expositionsまで。

パリノール見本市会場で開催されている
MAISON & OBJET(メゾン・エ・オブジェ)に行ってきました。
インテリアの分野で世界中に注目されている見本市です。

今回JETRO(日本貿易振興機構)主催の現地ガイダンス、
交流会、セミナ−に参加することになっていましたが
北駅で切符を買うのにずいぶん並び
乗った列車が途中で目的地に行かなくなり
次の列車を待ったりしていて30分遅れて到着。
昨日苦楽を共にした岡山さんは壇上にいて
見本市主催側の方の通訳をしておられました。
ちなみに岡山さんは年に12回フランスに来るそうです。


ここでMAISON & OBJETについてちょっと解説。

この見本市は1995年にスタートして今回は創設10周年。
出展企業は3000社、ブース面積は10万
来場バイヤー数は150カ国から65,000名
展示はエスニック、テキスタイル、テーブルウェア、レスパス(アートクラフト)、
コテ・デコ(家具を中心にしたエレガンスアイテム)、
ホームアクセサリーという6つの「カルティエ」と
「NOW!」「scenes d’interieur」「MAISON & OBJET editeurs」という
3つの小見本市によって構成されています。
http://www.maison-objet.com/fr/index.htm

特に「NOW!」にはデザイン性に優れたアイテムが並び
世界のデザイン関係者の注目を集めています。

また主催者側が提示するメインテーマがあり
そのテーマに沿ったプレゼンテーションが
会場の入り口近くに配されています。

今回のテーマは「豪華(LUXES(リュックス))」。
何でも手に入る時代における新しい消費のかたちを
「豪華(LUXES(リュックス))」というキーワードで読み解き
「ニュー・リッチ(成金)」が抱くイメージと「ポーブル(貧乏)」な人が描く
ユートピア的イメージ、そして「超豪華(ULTRALUX(ウルトラリュックス))」という
新たなる価値の提示がなされていました。

今やモノがあふれ、消費者の購買意欲が飽和している中で
それでもお金を使いたいものってなに?
つまりそういうことですね。

ガイダンスのあとは、11時から夕方5時まで
ひたすら会場を歩き回りました。

そこにあるのは視覚情報の洪水であり
買い手がつく前に商品に替わった資産の山であり
3000の企業とデザイナーによるさまざまな問題解決の形です。

1日で全部の展示を見ることは不可能なので
出展者にとっての価値とバイヤーにとっての価値は
この見本市の中でどう折り合いがついているのか、
またはいないのかについて考えながら
いろんな人と話をしてみました。

県が出展した、こんなものを作っていますという
実演付きの地場産業の紹介ブース
有名デザイナーの力を借りて作った商品の
ヨーロッパでの販路を求めて出展した地場産業の事業協同組合
日本の地場産業の良品を集めてヨーロッパのマーケットに売り込む
パリに事務所がある日本人による企画・販売会社
ヨーロッパでテーブルウエアのメーカーブランドを構築し
アジアへの販路拡大を考えているスウェーデンの会社のCEO
そんな人たちと話をしました。

フランスでは、日本よりも値段を下げないと売れない
日本のようにブランドに群がる国民性じゃない
注文を受けて納期を守って商品を出すには
日本から送っていては間に合わない
フランスには日本の宅配便のような優れたシステムがなく
国内でも3000円近い送料がかかったり、郵便だと1週間近くかかったりする
18屬離屐璽垢鮟个垢里暴佚故繊展示経費、渡航費を合わせると
1万ユーロ(約140万円)かかり、その回収はなかなか大変
そんな現状があるようです。

歩き回り、疲れては食事をしたりカフェブースで
お茶を飲んだりしながら6時間半。
たいへん疲れました。

17時半からはJETRO主催の交流会。
日本人の出展者、出展希望者の方々と情報交換をしました。
終了後には「NOW!」のブースに戻り
「6jyo(シジョウ)」のエラリー・ジャン・クリストフ氏と
出展デザイナーの方々と一緒にRERでパリまで帰ってきました。

「6jyo(シジョウ)」は、香川県の家具商工業協同組合の
活性化事業の一環で立ち上がったブランドです。
http://www.6jyo.net/index2.html

エラリー氏はコーディネーターとして、普段は東京か香川にいて
フランスのデザイナーと日本の家具メーカーとをつないで
フランスと日本で商品を流通させていこうとしている方です。
ものすごく早口で流暢な香川弁を喋る方です。
何か一緒にできたらいいですね、と盛り上がりました。
まずは「De-sign Room」に出展いただくところから始めてみようかと。

お互いに風邪をひきかけていたので
飲みにに行ったりはせず北駅で別れ
食事がまだだったのでホテルの近くのカフェレストランに入り
サラダとビールを注文してまったりとしていました。

カフェにはカウンターと奥にテーブル席があり
カウンターまわりには常連客が立って常連同士で盛り上がり
食事に来た人はそことは切り離された場所で食事をとる。
日本ではこの両者に同じ空間で楽しんでいただくのにずいぶん苦労しますが
あたりまえに共存していることに驚きました。

そういえば、パリにはバーやカフェやレストランはいっぱいあっても
日本における居酒屋や立ち飲み屋のようなものはないんですね。
飲食を介したコミュニケーションのためのインフラが
日本ほどに分化していないあたりに、カフェの中で
世代や人種に関わりなくコミュニケーションが進むことの
理由があるのではと思ったり。


2005/01/31(月)
À Paris (27/1/2005)
朝7時過ぎにCRIMÉEにあるホテルを出てGARE DU NORD(北駅)へ。
そこからTGV(新幹線)に1時間ほど乗ってリールへ。
パリを出ると富良野か美瑛のような畑の景色が続いていました。

リールには午前10時頃に到着。
そこから5分ほど歩いたところにあるGRAND PALAISへ。
TISSU PREMIERという、繊維の素材を中心とした展示会です。
ヨーロッパからの出展者が中心で、来場者もヨーロッパ近隣諸国が多いのですが
今回中国や台湾などアジアからの出展者も目立ちました。

出展者の中に(有)湧元というメビック扇町の入所企業がおられ
その様子を見せていただくのがこの日の目的でした。
日本国内の絹織物の産地の生地を海外の展示会に出展して
注文を集めてくるという動き方をされている会社です。

湧元の池田豊さんを訪ねてから、まず展示ブースをひととおり巡回。
アパレルブランドのデザイナーや量販店のバイヤーなどが来ているようで
素材情報を熱心にメモしたり、サンプルの依頼をしたり、即オーダーをかけたり
そんな動きを静かな演劇でも見るように読み取っていました。

昼に池田さんと一緒に食事。そこでいろいろ教わりました。

戦後のリーディング産業であった繊維産業は、その後生産の中心が
中国などアジア諸国に移ったことで価格面での競争力を失い
高度な技術やデザイン性に裏付けられた付加価値の高い商品に
シフトすることで差別化をはかっている。
よく耳にする話ですが、この戦略が実はニッチ(すきま)狙いであって
そのためには海外も含めて幅広く海外にマーケットを見出す必要がある
ということと車の両輪をなしている、ということに
話していてはたと気付きました。
だからわざわざ海外の展示会に出て行くわけですね。

食事のあと会場をもう一巡してからリール駅へ。
パリに戻ろうとすると、ストで列車が止まっていました。
窓口に並んで運転再開のメドを聞いてみても“I don’t know”
その日中に復旧するかどうかも分からず途方に暮れていたところで
会場でお会いしていた、フランス見本市協会日本代表の
岡山道子さんとバッタリ。

2人でカフェで30分ほど時間をつぶしてから
ホームに行って駅の保安員に聞いてみると
「次の列車はここから少し上がったところから15時10分に出る」と。
それが別のリール駅だということをわざわざ伝えに来てくれた人がいて
その別のリール駅まで吹雪の中タクシーを回してくれるよう
岡山さんが運転手に交渉して
駅に着いてエレベーターもエスカレーターも動かず
無理矢理乗り越えて行こうとするのを制止する
ドーベルマン付き警察官たちとの押し問答を経て
どうにか間に合ってパリ行きの列車へ。
ロールプレイングゲームのようです。

その後シャルル・ドゴールで岡山さんと別れ
STRASBOURG ST-DENISへ。
そこで繊維問屋街をうろつきました。
池田さんから、この問屋街には海外からもバイヤーが来る
と聞いていたのでどんなものかと。
つまりは船場センタービルみたいなものでした。

それからアラブ・トルコ人街をうろつき
ポンピドゥーセンター裏の中華料理屋で食事をして
バスティーユ裏手のバー街に行って常連ばかりのバーで
ハイネケンを飲んでからホテルに戻りました。

つづきはまた明日。


2005/01/31(月)
À Paris (26/1/2005)
みなさま、ごぶさたしています。
26日から30日までフランスに行ってきました。
どうにか無事に戻ってきました。

今回の渡仏は、TISSU PREMIERとMAISON & OBJETという
2つの大きな展示会を視察するのが主な目的でしたが
わざわざパリまで出かけてそれだけでは終わりません。
3日半の間、好奇心の赴くままに歩き回ってきました。
そしていろんな人とお話ししてきました。
そこで見て聞いて考えたことを書いてみます。


26日。朝11時に関空発。
KLMオランダ航空アムステルダム経由でパリへ。

アムスでのトランジットの間にカフェでゆっくりして
さてフライトゲートに行こうと入国審査を受けると
パスポートの写真と実物を何度も見比べた上で
入国事務所に連れて行かれました。
怒りながら説明すると簡単に通してもらえましたが
飛行機に乗り遅れそうに・・・

シャルル・ドゴールには現地時間で夕方6時前に到着。
ホテルのチェックインを済ませてからST-PHILIPPE DO ROULEへ。
父親のパートナーであるP.POMPIGNAT氏のオフィスを尋ね
POMPIGNAT夫妻と一緒に食事に。

氏は京都にある刺繍用金銀糸や真空蒸着製品を
製造・販売する会社の海外法人の代表です。
構図でいうと、京都のものづくり企業が新素材を開発して
その販路を海外に求めたときにパートナーとなった方です。
子供の頃から知っているので、この構図には最近気付きました。
が、そんな難しい話はせず、コモンカフェやデザイン見本市の話や
京都・神戸の魅力の話やフランスの若者の仕事観の話などを
夜遅くまでしていました。


2005/01/25(火)
自分軸の発信は国境をこえて
本日1/25(水)より3/25(金)までの2ヶ月間
メビック扇町の会議室4は「De-sign Room」という
デザインショールームになっています。

今回このショールームの運営を
雑貨メーカーの「HARVEST PRODUCTS」に
お願いしています。
今のところ出品がそんなに多くないので
ショールームには「HARVEST PRODUCTS」の
オリジナル商品が並んでいる状態です。
見た目は完全に雑貨店です。

それが、今から2ヶ月の間に
さまざまなデザイナーの方々に
商品を持ち込んでいただくことで、
デザイナー・メーカーの商品が並ぶ
ショップに変わっていく。
今回の「De-sign Room」は
そういう趣向になっています。


明日1/26(水)から31(月)まで
フランスに行ってきます。
「メゾン・エ・オブジェ」という
国際総合雑貨即売・受注見本市の視察と
現地コーディネーターの方々との
情報交換が主な目的です。

「メゾン・エ・オブジェ」の中には
「NOW!」という、デザイン性に優れた
アイテムに焦点を絞ったスペースがあります。

そこに出展して、世界中のバイヤーと
直取引することで、店舗を持たなくとも
年間の売上をあげるデザイナー・メーカーもいるそうで。

自分軸からはじまるデザインとその流通
そのあたりをワールドワイドで考えてみようかと。


※ということで、31日頃までこの日記はお休みいたします。


2005/01/25(火)
I am 34.
25日からの「De-sign Room」
26日からの渡仏を前にして
仕事がテトリスのゲームオーバー寸前の
ようなことになっています。
やばい。かなりやばい。


昼に鈴鹿さんのコモンカフェを覗き
夜は中崎町のコンフィデンスカフェで夕食。
仕事を11時過ぎに終えてから
common club cafeへ。

入ったとたん
ボンベイサファイアとハイネケンの
プレゼントをいただきました。
そう、今日(24日)は
僕の誕生日なのでした。

長居する予定ではなかったのにサプライズ。
そのまま飲んだくれてました。
いい音がかかったので小踊りしてみました。
そんな誕生日でした。

お祝いいただいたみなさま
ありがとうございました。


2005/01/24(月)
自分軸と他者軸
自分がやりたいことと
他の人がやりたいこと
というものを考えています。

自分がやりたいこと。
たとえば、趣味や遊びやアートや起業。
それは儲かることもあり、社会の役に立つこともあり
ただ楽しいだけのこともあります。
これらを自分軸からはじまる表現ということでは
一緒だと考えてみます。

他の人がやりたいこと。
これを手伝うことは仕事と呼ばれていて
基本的にはお金のやりとりが発生することになっています。

この両者の間にギャップがあること
つまり「自分がやりたいこと」と
「他人が自分にやってほしいこと」がずれていることで
世の中に多くの残念な結果が生まれている。
そんな気がします。


このギャップを埋める作業には
2つの方向があります。

ひとつは「自分がやりたいこと」を突き詰めて
それが他の人に受け入れられるようにしてしまう
という方向。

もうひとつは「他人が自分にやってほしいこと」に応えることを
「自分がやりたいこと」にしてしまうという方向。

前者のために必要なのは「実験のための場」。
徹底的に自分軸の表現を試してみて
それが他人に届くかどうかを確かめてみる場所。

後者のために必要なのは
「コミュニケーション」と「問題解決能力」。
まず他人が何に困っているのか
何を必要としているのかに耳を傾け
それを解決する方法を提示できること。

この2つのサイクルを持っている人は
いい動きをしているな、と思えます。
が、この2つが一致している人となると
なかなか出会えないものです。


2005/01/21(金)
パブリックな表現空間とは?
いまの劇場は、基本的には
ディスコミュニケーション空間だということを
以前どこかで書いたことがあります。

劇場という場所は、基本的に
情報の発信者としての表現者と
受信者としての観客によって成立しています。
ここにあるのは舞台上の「特権的な表現者」と
「受け手としての観客」という構図です。

この両者は劇場空間の中では
基本的にコミュニケーションを取ることはありません。
観客同士がそこで知り合って仲良くなる
ということも決して多くはありません。


表現者同士は終演後に飲みに行きます。
OMSの場合だいたい「正宗屋」に行ってました。
そこは演劇関係者のサロンになっていましたが
さて、表現者と観客はどこで出会うのでしょう?

もし観客が表現者とコミュニケーションを取ろうとすると
入り待ち、出待ち(※)をしたり
(※劇場入りと劇場退出時に役者を待ち伏せること)
プレゼントを持って終演後に楽屋に行ったりすることになります。
そこには発信者と受信者という役割の固定があります。

さて、この構図の中で
経済的に表現者を一番支えているはずの顧客は
一体どのような恩恵を受けているでしょう?
そして顧客の顔を見ないで「商品」を提供し続けること
この道の先には一体何があるのでしょう?


今日は国木田かっぱさん、嶋田典子さんによる
喫茶芝居「贅沢な日常カタログ(※)」。

開演前・終演後には、かっぱさん・嶋田さんは
普通にカフェのお客さんとして
観客であった他のお客さんと喋っていました。
そこに目線の上下がなかったことが
個人的にはとても嬉しいことでした。

「common cafeは、本当の意味で
 パブリックな表現空間を作ることを目指しています。」
コモンカフェの趣旨には、こんな文章を入れています。
http://www.talkin-about.com/cafe/aim.html

これはこういうことなのです。


2005/01/20(木)
さて、いくつか告知を。
■1月20日(木) 19:30〜ぐらい
 喫茶芝居「贅沢な日常カタログ(※)」

 会場は喫茶店。芝居は店内の空いている
 どこかのテーブルで始まります。
 (お客さんが座ってみないとわかりません。)

 「2人はどういう関係なのか?」

 どうぞ、お茶や軽食を自由に楽しみながら
 2人の会話を盗み聞きしてください。

 会場:common cafe
 出演:国木田かっぱ・嶋田典子 
 入場料:900円
 http://kappapie.ne.nu/
 *当日でも入場できます。

■1月21日(金) 19:30〜
 Vol.90『すくなくとも実験哲学カフェとは何であったのか?』

 会場:event space 雲州堂
 司会:中田敬史

■1月22日(土) 12:00〜23:00
 笑撃武芸団「侍カフェ」

 http://syogekide.gozaru.jp/
 会場:common cafe

■1月24日(月) 18:30〜
 「common"club"cafe」

 DJの居るクラブミュージックなcafe
 企画:五条&ヨツモト

■1月27日(木) 19:30〜
 投資倶楽部「401k」 賢い銀行の選び方

 ちょっと前まで横並び意識の強かった銀行も、
 ここ最近そのサービス内容に変化が表れてきています。
 目的に応じた銀行選びをしてみましょう。

 会場:common cafe
 企画:松村 武郎


2005/01/16(日)
かけがえのないものに対する投票
高校生のときに友達15人ほどで
阪神西ノ宮駅の売店に並び
みんなで同じ缶入りのレモンティを
次々に注文したことがあります。
普段そんなに人が並ぶことのない場所で
みんなが同じものを注文していく。
マクドの「スマイルください」の亜流です。
お店のおばちゃんは笑いが止まらなくなり
周りにいた人たちは何事かと注目していました。

これはただのヨタ話ですが
ここには大事なポイントがあると思っています。
それは、主体的に消費者になるという選択肢を
僕らは持っている、ということ。
いいかえれば、商品が売れるか売れないかは
自分たちが買うか買わないかという議決権の行使の
果てにあるということ。

まちに元気をとか賑わいを、という
問いの設定の仕方をしたときに
ほとんどの人は傍観者や批評家になり
自らが投票の主体であることを忘れます。
http://www.city.himeji.hyogo.jp/plan/soukei01/21meeting/no6.html

まちはさておき、自分はこんなことがしたい
こういうモチベーションは多くの人の中にあって
だいたい勝手に何かを始めています。

本当にまちに元気にしようと思うなら
この人たちのところに並ぶと決めればいい
そしてそれを他の人にも届くようにすればいい
そう思っています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

舞台表現をつくるということは
主観にもとづいて現実の社会を切り取る
編集作業です。
アートとしての舞台の作り手は
生活者として現実の社会の中にいる人たちに
誰も気付かなかった社会への視座を指し示すことを
期待されています。

料理をつくるということは、誰かの口に
届くように食材を集めて編集する作業です。
名古屋にはういろう、きしめん、味噌カツ、
コーチンなど、さまざまな名物がありますが
これは地域独自のレシピ=編集方法を
名古屋というまちが持っているということです。

そして編集=作り手の作為を読み解く作業は
犯人を追いかける探偵の作業であり
作り手の作為をさらに新たな表現として
世に問う作業です。

芝居の世界では
舞台の良し悪しを見極めることのできる人を
見巧者(みごうしゃ)と呼びますが
まちの見巧者、社会の見巧者と呼べる人が
どんどん少なくなってきています。

これは犯人を野放しにしているということであり
一方ですぐれた編集作業の成果を
埋もれたままにしてしまうことでもあります。

まちにあるもの、まちで起こっていることを読み解き
その作為に共感し、それをさらに発信していくこと
または取るに足らない作意に対して批評を加えていくこと
そういう能力がいま必要なんでしょうね。

昨日まとなりなく喋ったことです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

SOHOサポートセンター姫路は
兵庫県の事業として設置され
3年間の事業期間を経てこの3月で閉鎖されます。
民間所有のビルの10Fにある
窓から姫路城が大きく見える20坪程の部屋。
いろんな人が出入りして
いろいろなつながりが生まれている場所です。
http://www.hitbitplaza.jp/soho/info/new.cgi

ここがいい形で残ることになればいいなと
他人事ながら思っています。

かりに月13万の家賃だとすれば
43人集まったら1人3000円
65人集まったら1人2000円
130人集まったら1人1000円

その空間を本当に必要とする人たちによる投票。
そんな考え方が、たぶんあり得るんでしょうね。


2005/01/16(日)
姫路Talkin'About
今日は姫路へ。
SOHOサポートセンター姫路というところに行ってきました。
http://www.hitbitplaza.jp/soho/c-news/c-check.cgi

もともとは姫路城の城下町で
新日鉄などの企業城下町でもあり
人口が48万人あって
アーケードのある商店街にわりと活気があって
古いタイプの百貨店が駅近くに何軒かあって
近郊には農業と漁業が残っていて
とくに北の方(山崎町など)から人がやってくる場所で
海外からの旅行者と留学生が多くいて
でも最近商業施設や映画館が閉まったりして
元気がないという印象があるまち。

この、まちに元気がないということが
どういうことなんだろうと
来られた方々に姫路のまちについて
いろいろお伺いしたりしていました。
とてもいい勉強になりました。

そのあとに、OMSやメビックやTalkin'Aboutや
シングルズやcommon cafeについて喋ったり
まちに元気がある/ないということについて
思いつくままに喋ったりしました。

後者については、またまとめてみます。
今日はもう寝ることにします。

夜はコモンカフェ行きを断念し
甲東園のD2に行き、中村圭志さんと喋ってました。
姫路や山崎や礼文島などについて面白い話を伺いました。
これも自分の中で熟成するまで書くのをよそうかと。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4022642408/249-9041609-3969902


 OR AND
スペースで区切って複数指定可能
[TOP]
shiromuku(hu1)DIARY version 3.02